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終-3:午前10時の旅立ち (27)
「理人さん!」
「お、お疲れ」
「お疲れ様です。すみません、お待たせしました」
「そんなに待ってないよ。プレゼント交換終わったのか?」
「はい」
「なに当たったの?」
「TKG専用の卵ミキサーです」
「TKG?」
「卵かけご飯」
「は……?」
真っ赤な紙袋に入った箱を取り出して見せると、理人さんは食い入るように見つめた。
一時間だけ参加した宮下さん主宰のクリスマス会でゲットした『TKGの極 み』
卵をセットすると、割るところから、黄身を分離し、白身をメレンゲ風に泡立てるところまでなんと全自動でやってくれるという。
ちなみに俺が出したオルゴールは、最近入った新人バイトのバングラディッシュ人留学生、サイード君に渡った。
もっと実用的なものが良かっただろうかと思ったけれど、観覧車型のオルゴールはそれぞれのゴンドラに写真が入れられるようになっていて、遠い故郷にいる家族の写真が飾れるから嬉しいと思いがけず喜んでもらえた。
そして『TKGの極み』はこうして理人さんを喜ばせているから、お互いに大当たりのプレゼントが貰えたということだろう。
「ふわふわのエアリー卵かけご飯がたったの一分で作れます、だって。美味しそう!」
「明日の朝やってみますか」
「うん!」
潤ったアーモンド・アイが、イルミネーションの光を反射して色とりどりに輝いた。
今日は12月25日。
クリスマスだ。
「冷えますね」
「うん。ホワイトクリスマスになるかも、って会社の女の子たちが騒いでた」
「なるといいですね」
「なんで?」
「ロマンチックでしょ」
「あー……そういうものか」
理人さんは納得したように頷き、目の前にそびえ立つクリスマスツリーを見上げた。
澄んだ冬の夜空の黒をバックに、緑や赤、黄色に白、青や紫――たくさんの光の粒が点いたり消えたりしている。
まるで生まれたての花火をみているようだ。
美しい。
「理人さん、なにか食べました?」
「んー、適当に摘んだ」
「楽しかったですか?」
「うん、それなりに」
視線をクリスマス・ライトに固定したまま、理人さんが微笑む。
俺はコンビニ仲間の、理人さんは会社のクリスマスパーティーという名目の飲み会を抜け出し、SNS映えするクリスマスツリーで有名なこの場所で待ち合わせた。
周りを行き交うのはほとんどがカップルで、時折通り過ぎる女の子のグループは、もれなく理人さんに視線を送っていく。
ダークグレーのスーツに黒いジャケットを羽織り、髪を後ろに流しながらツリーを見上げる理人さんは、ものすごくかっこいい。
俺がもし理人さんのことをまったく知らなかったとしても、目に入ればきっと思わず振り返ってしまっていただろう。
「理人さん」
「んー?」
「そろそろ帰りましょうか。寒くなってきたし」
それに、そろそろ理人さんの視線を独り占めしたい。
「うん。あ、写真撮っていい?一枚だけ」
「どうぞ」
理人さんは、左手から手袋を引き抜きスマートフォンのシャッターを押した。
カシャっと音がして、点滅していた光が静止画になって閉じ込められる。
満足そうに画面を見下ろしスマホをしまうと、理人さんは俺に向き直った。
肌色になったままの左手が、目の前に差し出される。
「手、繋ご?」
ピンと伸びた腕を辿った先には、真っ赤なお鼻の理人さんがいた。
吐く息が白い綿菓子になって、目の前をふよふよと漂う。
俺は、右手の手袋を脱いだ。
すると、白い粉がふいに視界を横切る。
周りから、歓声が上がった。
「すっご、ほんとに降った……!」
「ホワイトクリスマスになりましたね」
「うん……嬉しい」
「えっ?」
「佐藤くんと一緒に見られたから」
「理人さん……」
「帰ろう」
「……はい」
肌色の手と手を重ね、歩き出す。
指と指の間を埋める体温が、とても心地よかった。
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