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終幕 (1)

一年後。 「ここは病院ですよ。廊下は走らない!」 「は、はいっ、すみませんっ!」 バタバタと乱雑だった足音が止み、キュッと急停止した。 自分の口元がだらしなく緩むのを感じる。 こげ茶色のベンチから腰を上げそちらを見ると、ダークグレーのスーツに身を包んだひとりの男が不自然な歩き方で角を曲がってきた。 提げた鞄からは、ネクタイの先っぽがはみ出している。 形の良い頭が左右に素早く動き、短い髪が揺れた。 「理人さん、こっちです」 「あ、佐藤くん!」 思わず目が眩みそうなほど、満面の笑顔が花開く。 「ごめん、会議が長引いて……!」 超高速の早歩きで目の前にやってきた理人さんは、いきなり身体をふたつ折りにした。 ひぃひぃと不気味な音を立てながら、乱れていた呼吸を正そうとする。 でも息が整いきる前に、勢い良く身体を元に戻した。 「もう生まれた!?」 「はい、ついさっき」 「ど、どこ!?」 「あそこです」 窓に沿って並んでいる小さなベッドの、奥から二番目を指差す。 すると、ゴンッ、という鈍い音がして、理人さんがガラスに張り付いた。 「う、わあ」 「ちっこいですよね」 「うん……!」 理人さんが頷くと、額とガラスが擦れあいゴリゴリと音がする。 新生児室の中にいる看護師さんが、一瞬不思議そうにこちらを見た。 まるでヤモリのようにベッタリと窓にくっついている理人さんを見つけ、視線を和らげる。 そして小さなニット帽を取り出すと、生まれたばかりの彼にそっと被せた。 「水色の帽子ってことは……」 「男の子だって」 「そっかあ……男の子かあ!」 瞬きを忘れたアーモンド・アイが、キラキラと輝く。 「かわいいなあ……かわいい!」 「プッ、二回言いましたよ」 「だって……かわいい!」 ガラスに反射した俺が、またによによと笑った。

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