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「今日、食堂じゃねーの?」 昼休みになり、面接室に向かおうと席を立った冬森は隣席でレジ袋をがさごそ言わせ始めた天音を見、足を止めた。 「教室で食べることもある」 「へー、あ、それうまそー」 おいしそうなタルタルエビフライサンドにつられて冬森の腹が鳴った。 「くれー天音」 「いいよ」 「やった」 自分の席に着いて、イスだけがたがた寄せて、あーんと口を開ける。 「……渡すから自分で食べてくれないか」 「くれーくれーくれー」 「……あのな」 苦笑しつつも天音は豪華調理パンを冬森に食べさせてやった。 餌付けされた冬森はむしゃむしゃ食べてごくりと飲み込むと、天音の机上にあったペットボトルを無断で拝借、スッキリお茶をごくごく飲んだ。 天音はもう何も言わずに冬森が一口で半分近く食べてしまったパンに口をつけていた。 「そっちもうまそーくれ」 「どうぞ」 「お前、いつもぼっち飯?」 「食堂では友達と食べてる」 「へー」 「これも食べるか?」 「おー食うーぜんぶ食う」 「全部は駄目だ」 「まじうめーこれどこのパン?」 「角のところだ」 「角じゃわかんねー、角なんてたくさんあんだろーが、無数だろーが」 冬森の切り返しに天音は笑った。 口元にタルタルをくっつけた冬森、初めて見るクラスメートの笑顔にぽかーんとなった。 「何かついてるか?」 「……ついてねぇ」 「冬森にはついてる」 天音は自分の口元を指先でとんとんし、タルタルがくっついている場所を冬森に教えてやった。 冬森は何故だか焦ったようにタルタルを拭い、ぱくっと口にする。 親指の腹についていた滑った白ソースを舌先でれろりと拭った。 何てことはないクラスメートの仕草に何故か中てられて、ちょっとの間、天音は視線を逸らした。 「……酒屋の隣のパン屋だ」 「あー、へー、ふーん、わかんねぇ」 「……またついてるぞ、冬森」 「あわわ」 五限目、世界史。 おなかいっぱい、猛烈なる眠気を催すこの時間帯の授業で。 昼休みに面接室へ出向かなかった冬森は、机に突っ伏しながらも珍しく眠らずに、だからといって教師の説明をちゃんと聞いているわけでもなく。 隣で寡黙にノートをとる天音を片目のみで眺めていた。 愛想なさそうな外見の割にけっこーしゃべってくれる。 本好きだけど図書委員じゃねー、めんどくさいばっかの美化委員。 身長182なんだと、うらやまし、俺、173、まーまーいーか。 指、なが。 手、でか。 一重、いーよな、和風ってかんじで。 ふと冬森はすげー下らないイタズラを思いついた。 新品に等しい消しゴムを天音の机目掛けてぽいっと投げた。 天音はノート上に着地する前にその消しゴムを片手でキャッチした。 不意打ちのつもりで投げた冬森の片目が何度も瞬きを繰り返す。 そちらに視線を向けなくとも冬森の視線を横顔に感じていた天音は。 彼もまた隣のクラスメートに何気なく意識を傾けていて。 天音は消しゴムにボールペンで何やら書き込むと、投げるのではなく、冬森の机にそっと置いた。 んだ、これ。 なんかの模様か? いくつか線があって、いくつか四角があって、一つの四角が矢印で強調されている。 あ。 地図だ、これ。 パン屋の地図、こんなちっちぇ消しゴムに書きやがった、器用すぎんだろ、天音の奴。 やべー、うけすぎ、なんだこれ。 やべー、そんで、なんでどきどきしてんだ、俺。 ほんと、ずっと、なんなんだよ、これ。

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