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2-冬森がイジメられちゃうゾ
「天音、悪い、教科書貸してくれる?」
冬森の隣の席の天音は違うクラスの同級生からやたら教科書を貸してほしいと頼まれる男子生徒だった。
「いつもスマンね、これ、つまらないものですが」
休み時間、貸していた教科書と一緒に個装のちっちゃなおかしを手渡されると「わざわざありがとう」とお礼を言っていた。
「そうだなぁ、じゃあ今日は名前順で、天音、いいか?」
授業中、音読や質問の回答を指名されたら促されるよりも前に起立して、ちゃんと教師の目を見ながら答えを述べる。
その際、ノートを胸元まで持ち上げて、表紙に添えられた骨張った手の輪郭がとても綺麗で、真面目生徒然とした姿が様になっていた。
純和風な一重まなこ。
手つかずで傷んでいない真っ黒髪。
聞き心地のいい声。
美化委員、帰宅部、読書好き。
あと背が高い分、よく食べる、でも太っていない、むしろ痩せ型だ。
真面目生徒然としているけれどお堅いわけではなく、ちゃめっけもあって。
小さな消しゴムに地図を描いてパン屋の場所を冬森に教えてくれた。
「んー、これが酒屋で、こっちはなんだ、あー、もしかしてガソリンスタンドか? で、これがセブイブ? で、ここ。パン屋。」
「登校時間、もう開店しているから、寄ってみるといい」
休み時間、窓際にイスを傾けてお行儀わる~い姿勢で床に足を伸ばしている冬森に天音は言う。
あー、やっぱ小説持ってるこいつの手、でっかくて、きれーだわ。
ただ雑巾洗ってるだけでもサマになるっつぅか、CMみたいに無駄に目に焼きついてんだよな。
こんな手に触られる相手いんのかよ。
どんな奴が独り占めできんだよ。
そいつのこと、どんな風に触るんだよ?
「なー、天音って彼女いねーの?」
「なんだいきなり」
「かーのーじょー」
意味もなく天井に翳した消しゴムを見上げながらあほ面で問いかけてきた冬森に、天音は、苦笑しながらも答えてやった。
「いない」
「へー、ふーん、そーなんだ」
「一度も付き合ったこと、ないな」
「へー、ふーん、え゛っっ??」
騒がしい教室に冬森の間の抜けた一声が一段と大きく響いた。
天音は苦笑を深めて褐色のクラスメートに肩を竦めてみせる。
「そんなに興味なかったからな」
童貞男子高校生など世の中わんさかいる、特に異常なことではない。
ただ自分自身や周囲がお盛んだった冬森にとっては異常現象に相当した。
「天音、お前、インポ?」
「違う……その姿勢でよく窓から落ちないな」
次授業の日本史教師がやってきたので天音は文庫本をぱたんと閉じた。
引き出しに両手を突っ込んだ冬森は、ちょっと探った後、隣クラスメートに偉そ~に命令する。
「天音ー、教科書見せろー」
机をギィギィ言わせて天音の机にくっつけた冬森、天音は机と机の細い隙間に教科書を乗せ、わかりやすくまとめられたノートを自分の手元に広げた。
はー、こいつ童貞クンかー、彼女いねーのか……。
むふふふふ、むふふふふふふふ。
「一人でにやけて、どうかしたのか」
「べーつーに」
なーんでホッとしちゃってんですかねぇ、俺。
なーんで天音といるとワクワクしちゃってんですかねぇ。
日本史の教科書、持ってきてんのに、なーんでウソついたりなんかしちゃってんですかねぇ?
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