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「あ、のーーー? 天音サン、は、いつからそこにいたんですかねー?」 「三十分くらい前から」 「さんじゅっぷん、まえ」 「……美化委員の集まりが今日もあって、体育祭文化祭中のポイ捨て禁止ポスターのデザインについて案を出していた」 暗い教室、独り言を聞かれてどーしよーと密かにぱにくって伏し目がちになっている冬森。 教室に戻り、無人の教室でまだ居眠りしていた彼に天音は驚いた。 開きっぱなしになっていた窓をそっと閉め、なんだか寒そうにしているクラスメートの背中に自分のセーターをかけてやった。 外は夕焼け小焼け。 机にぺたんとうつ伏せて眠る冬森を起こすのも気が引けて、その寝顔を見下ろして……。 「冬森、俺はお前を細菌だとかウィルスだとか排泄物だと思ったこと、ない」 独り言の内容を反芻された冬森はマンモス恥ずかPレベル寸前の境地に至った。 「……も、もういい、天音、やめろ、俺をころす気か」 「そんなつもりはない」 「ほんともうやめてくれ」 「教科書の件は、あれは、確かに露骨な真似をした、すまない」 二人以外に誰もいないフロア。 ひんやりした静寂にやたら声が響く。 「お前が距離をとりたがっているのかと思って」 天音のセーターを乙女みたいに胸元で握りしめたまま冬森は耳を疑った。 どーしてそんな話になるのー、と、何度もバチバチ瞬きした。 「……ンで?」 「……あの時、お前が俺を拒んだから」 「あの時? え、いつ?」 「トイレで夏川とあ……いし合っていたとき、というか、その後というか」 「あれは愛し合ってたわけじゃ……う、くさ、言い慣れねー」 「……? ……あの異物を抜こうとしたらお前が全力で拒んだから」 夏川にはきっと全て触れさせるのに俺の手を拒んだお前が少し憎らしかった。 俺だって傷ついたんだ。 ……と、最後まで言い切らずに「全力で拒んだから」で天音は台詞を止めた。 冬森は膝上で意味もなく天音のセーターをパン生地さながらに捏ねながら隣人の言葉を脳内で何度もおさらいした。 「天音、俺のこと軽蔑して、距離とったわけじゃねーの……」 「……色々と驚かされたが、それより重要視しているのは、気になっているのは。冬森が俺のことを呼んでおきながら俺を拒んだことだ」 「え、あ、え」 「後から来た春海と秋村に、抜いてほしい、そう言っていたのが聞こえた」 「あ、う、あ」 「……俺だけ拒まれた」 天音は体の向きも変えてセーターを捏ね捏ねしている冬森と対峙した。 静か過ぎて、束の間の沈黙に、緊張する。 数時間前まであんなに騒がしかったのが嘘のような、別世界じみた、二人きりの教室。 冬森の心臓はバクバク、バクバク、バクバクバクバク。 あのチンコ極限状態をどう伝えたらいいものか……。 「……あの時、もし天音に触られてたら、俺は……」 試験前日に美化委員集会などあるわけがなかった。 気になって、通学路の途中で引き返して、学校に戻って、真っ直ぐ教室へ。 外は夕焼け小焼け。 机にぺたんとうつ伏せて眠る冬森を起こすのも気が引けて、その寝顔を見下ろして……。 「ん……」 また喉奥で短い声を紡いだ眠れる冬森に天音はそっとキスをした。 冬森は夏川と愛し合っているのに。 この感情は、罪深い、哀しいものだ。

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