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……触る? ……え、どこに? 「いいか?」 「え、あ、うん」 ついうっかり反射的に頷いたら。 天音の骨張った片手がすっと近づいてきたかと思うと、 頬に。 「……………………」 バクンバクンバクンバクンバクン 静まっていはずの鼓動が大加速、一瞬にして全身がド硬直する、お触り用心、油断大敵とはこのことか。 これなんだ、いきなりなんだ、何考えてんだ、天音の奴。 きれーな満月ならまだしも、こんなグロ月んときに。 ガッコの教室で、なんだこれ、あほなカップルか。 「あ、天音?」 声が変だ、いつもの俺の声じゃねー。 恥ずかしーんですけど。 「なんだよ、いきなり?」 天音は冬森の問いに答えずに撫でるでもなくただ褐色頬に掌をあてがい続ける。 もう一度問いかけようとした冬森は、喉が渇いてうまく声が出せずに、彼もまた唇を閉ざした。 天音、天音。 これって、これって。 お前、俺に触りたかったのか? 俺、期待していーのかな。 夢見ていーのかな。 なぁ、天音……? ぱちんっ 「おーい、もうとっくに下校時間過ぎてるよ?」 不意に教室天井の蛍光灯に明かりが点ったかと思えば村雨先生の声が容赦なく静寂をぶった切った。 窓辺に立ち尽くして驚いている生徒二人に教師はのほほん笑いかける。 「明日から中間試験なのに随分余裕だね、冬森君、天音君」 「……もう帰ります」 「……ちゅうかんしけん? あしたから?」 「冬森?」 「あれ、もしかして知らなかったのかな、冬森君?」 「………………ヤバー………………」 「本当に困った生徒だね、仕方ないなぁ、先生が今から特別に教えてあげようか」 『てめぇんとこの担任、村雨!? あいつにもヤられてっし!?』 「冬森には俺が教えます、村雨先生」 眼鏡教師にはっきり告げ、茫然自失に陥っている冬森にスクバを持たせ、あほクラスメートを促してすたすた教室を後にした眼鏡男子。 両腕を組んだ村雨は遠ざかっていく足音を聞きながら一人のほほん笑う。 「失恋したんじゃなかったんだね、冬森君」 たっぷり慰めてあげようと思ったのに本当につまらないね。 「いいか、ヤマを教えるからそこだけ集中して覚える、後は捨てる、コピーしたノートは二十線を引いているところが重要だ、一本線は余裕があったら覚えるといい」 「余裕なんてねぇ」 「平均点を目指すのはやめる、赤点を免れることだけ考える」 「明日休みてぇ」 「冬森」 「腹へった」 「今日は夕食を食べるな、満腹になったら眠くなる」 「はーーーーーーーー?」 「テストが終わったら、パン、食べに行こう」 「……ッ……ッ……俺の気が向いたらな」 コンビニのコピー機横でA4用紙の束をバッグにぎゅうぎゅう捻じ込んでいた冬森は、有耶無耶にされていた約束を天音の方から切り出され、素直に褐色頬を紅潮させた。 いっそのことテスト中ずっと飯抜いとくか。 それに俺、お守りあるし、まー、なんとかなるかー。 「冬森君、この消しゴムに何か描かれているようだけれど、もしかしてカンニングかな?」 「はーーーーーーー?」 「(冬森……俺のせいだ、すまない……)」

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