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18-パラレル番外編-冬森が幽霊になっちゃったゾ
赤い月が夜を切り裂くみたいに浮かんでいる。
「……天音ぇ……」
「冬森」
「もっと……もっと強く……俺のこと離すな……っ」
誰もいない放課後の教室で。
幽霊の冬森を抱きしめた天音は永遠に叶わないと思っていた抱擁に身も心も溶かした。
***
クラスメートの冬森について天音が知っていることと言えば。
「ううううッ冬森ぃぃぃぃっっっ!!!!」
割と目立つ生徒で休み時間になれば仲のいい同級生が遊びにやってきて。
「信じらんねぇよ、冬森……」
授業中は居眠りが多くて何回も教師に怒られて。
「昨日の今頃、この席で笑っていましたよね」
席替えで隣になると「お前、転校生?」と転校生でもない自分に平然と問いかけてきて。
冬森は昨日の帰り道に交通事故で亡くなったらしい。
隣の席には花瓶が置かれ、そこに群がる、冬森と親しかった違うクラスの友人三人。
確かに登校時にも他の生徒が「ウチの学校の生徒、トラックに撥ねられて死んだらしいよ」と話しているのを天音は耳にしていた。
だけれども。
花瓶が置かれた、嘆く友人に囲まれた隣の席には。
「ンだよ、この花、しょぼくね? もっと派手なのにしろよな、誰のチョイスだよ、センス疑うわ」
冬森が座っていた。
「みんな席に着いて」
担任がやってきても教室を出て行こうとしない冬森の友人三人。
担任は彼らを注意するでもなく、最初からいつになく静かだった室内をゆっくり見回して、口を開いた。
「もうみんなの耳に入っているかと思うけど、昨日学校からの帰り道、冬森君が交通事故に遭って亡くなりました」
冬森はやっぱり事故に遭って……亡くなったのか。
じゃあ隣にいる冬森は?
さっきから花瓶に活けられた花にケチをつけ続けている彼は?
「もっと赤とかオレンジとか使えっつーの」
幽霊なのか……?
しかも俺だけにしか見えていない……?
何となく今日一日静かだった教室。
もちろん時間はいつも通りに進む。
放課後、美化委員の活動で使用が難しくなった掃除道具を回収し、モップを持った天音が教室に戻ると。
冬森がいた。
何故だか天音の席に腰かけていた。
「お、天音」
「……」
「もういいって。お前、見えてんだろ?」
今日一日、天音に対する冬森の攻撃はそれはひどかった。
一人だけ様子が違うクラスメートに、もしかして、と気がついた冬森は。
授業中に指名された天音が教科書を読んでいたら「天音ー天音ー天音ー」と呼びかけては音読を妨害、トイレに立てば「天音、うん●か?」とついてきたり、小説を読んでいたら手をヒラヒラさせて邪魔してきたり。
その度に天音は素直に反応してしまった。
見えていると答えていたようなものだった。
「ああ……見えてるよ、冬森」
「ンだよ、なんで無視してたんだよ、バーカ」
「幻覚かと思ったんだ。俺にしか見えていないみたいだったから」
「幻覚じゃねーよ。でもまー死んだけど」
「……」
「お前にしか見えない幽霊、に、なんだろーな」
「そうだな」
「でもなんでお前にしか見えねーの?」
「俺が聞きたいくらいだ、冬森」
第二ボタンまで外した長袖シャツを腕捲りし、ネクタイをだらしなく緩めた褐色男子は暗い外に目を向けた。
「帰んの?」
「ああ」
「お前んち行ってもい?」
「え?」
それから天音と幽霊冬森の世にも奇妙な同居生活が始まった。
それまで席が隣同士だっただけのクラスメートとひょんなことから急接近♪
なーんて言っても相手は幽霊なわけで。
「ほら、触れねぇ」
天音の手を握ろうとすればスカッと通り過ぎる冬森の指先。
逆も然りだった。
「もう誰ともセックスできねー」
「……性欲があるのか?」
「んな真面目に聞くんじゃねー」
誰もいない放課後の教室。
降り頻る雨の音が静寂を打つ。
花瓶が下げられた机に腰かけて前のイスに裸足の足を引っ掛けている冬森。
この間、自分が死んだ事故現場に手向けられた品々を見て「え、なんで折鶴とかあんだよ? 折り紙とかキョーミねーけど」と言っていた。
天音が就寝しようとしたら「もう寝んのかよ、もっと付き合えよ」と睡眠を邪魔してくること、しばしば。
「天音ーなんかえろい動画見せて」
「昨夜パソコンで見せただろう、勘弁してくれ、それに俺は携帯を持っていない」
「雨、止まねーな」
「そうだな」
「今日、何食うの?」
「冷蔵庫にもやしと豚肉があったから炒める」
「えろい動画見せて」
「勘弁してくれ」
教室でダラダラしたがる冬森に付き合って六時過ぎに天音は学校を出た。
道端の花壇に色とりどりの花が咲き連なる通りを傘を差して歩く。
「なー天音」
「なんだ?」
「俺、幽霊だし? 別にこっちに傘傾けなくていーぞ?」
どうして傘を傾けて半身濡らしているんだろうと擦れ違う通行人には不思議がられているに違いない。
俺には冬森が見えている。
たとえ幽霊で雨に濡れなくとも隣にいるクラスメートを雨曝しにするのは気が引けた。
冬森が眠っている。
幽霊なのに眠るんだな、と天音は不思議に思う。
『ソファで寝ろだぁ? やーでーす』
ワンルームのアパートで一人暮らし、三人掛けのソファで休むよう促したらバッサリ断られた。
よってシングルベッドで二人で寝ている。
最初は幽霊といえども狭く感じて寝つきが悪かったが、今はそうでもない。
今夜は何故だか目が冴えた。
ずっと同じ制服姿で横になった冬森の寝顔をぼんやり眺めたりなんかして。
褐色頬に伸びた長い指。
触れられないとわかっているから、数センチの距離を残して、止めた。
机に座ったり、ベッドに入ったり、命の宿っていないものとは触れ合うことができる冬森。
命の宿る天音は肌身に届かない虚ろな愛撫を繰り返す。
そんな夜が幾度か過ぎたある日の放課後。
「月食だ」
いつものように教室でダラダラしたがる冬森に付き合っていた天音は、宵闇の空に浮かぶ月が欠け始めていることに気がついた。
「へー、昔わざわざ授業つぶして学校の校庭から見た覚えあるわ」
「それは日食だ、冬森」
ニュースで流れていたのをチラリと見聞きし、今の今まで忘れていた天音は窓を開いて欠けていく月を見上げた。
「うぇ、変な色、なんかグロくね?」
冬森も天音の隣に立った。
「へぇーーーーー」
あほのこみたいなリアクションに天音は小さく笑った。
「神秘的だな」
「あー、それそれ、正にそれ。このまま俺もいっしょに欠けてくみてーな」
天音は月食から隣の冬森へ視線を移し変えた。
窓枠に頬杖を突いた幽霊は特に変わった様子もない、別にどこも欠けていない、透けてもいない。
天音にはいつも通り幽霊の冬森がそこにいるように見えた。
夜な夜な何度も繰り返した虚ろな愛撫を、また。
グロいと言いながらも月食を凝視している彼の頬へ指先を伸ばす。
「……」
触れた天音。
触れられた冬森。
叶わないと思っていた触れ合いが叶って二人は思わず見つめ合った。
「お前の指、あったけぇ」
夜な夜な天音が自分に触れようとしていたことを知っていた冬森はそう言って笑った。
天音は……幽霊を抱きしめた。
すでに失われたはずの温もりを切に感じた。
「……天音ぇ……」
「冬森」
「もっと……もっと強く……俺のこと離すな……っ」
誰もいない放課後の教室で。
幽霊の冬森を抱きしめた天音は永遠に叶わないと思っていた抱擁に身も心も溶かした。
「来て、天音、頼むよ……早く……」
この奇跡がいつ途絶えるのか、不安で、でもやっぱり触れ合える喜びが勝って。
「はぁ……ッ」
「あ……あま、ね……天音ぇ……」
机の上で。
より深く繋がった。
「なぁ、天音……おれのこと……忘れないで……」
下半身に纏わりつく露骨な熱。
首筋にかかる火照った吐息。
ふてぶてしくも濡れそぼった双眸。
「ッ……冬森……消えないでくれ……」
宵闇に掠れるように紡がれた二人の哀願。
気がつけば教室には天音一人だけが取り残されていた。
今は亡きクラスメートの席を撫で、乱れていた制服を整え、すでに月食を終えて暗い夜空の下、俯きがちに下校した。
「おかえり、天音」
自宅アパートに帰ればドアの前でしゃがみ込んだ冬森に出迎えられた。
「冬森、てっきり……成仏したのかと」
「それがなー、まだ成仏してねーんだよなー、成仏フラグへし折っちゃったっつーか」
体育座りした冬森は微妙に天音から視線をズラしていた。
「なんか柄でもねーこと言って、ハズイから、とっとと帰ってきた」
「おかえり、冬森」
「っ……ん、ただいま、天音」
触れられなくても。
そばにいてほしい、ずっと。
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