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19-パラレル番外編-冬森がゾンビになっちゃったゾ?
「お前に秘密にしていたことがあるんだ」
世界各国に生きとし死せるゾンビが大発生してパニックに陥っている最中に冬森は父親に告げられた。
「お前の母さんはゾンビだった」
……キチ過ぎんだろ。
そんなこんなでゾンビパニックは冬森の住む町にも容赦なくやってきた。
ばらばらになる家族、どこからともなく聞こえてくる悲鳴、笑い声の途絶えた街。
放課後、不穏なサイレンが鳴り渡り、学校待機を余儀なくされた部活生を含む半数の子供たち。
「あんなバリケードじゃ三日も持たないだろうな」
「警察、来てくれんのかなぁー」
「春海のことは僕が守ります」
「なぁ、俺のかーちゃんゾンビだったんだってよ」
冬森がそう言えば春夏秋はぎろりと彼を睨んだ。
「てめぇバカか、冬森」
「冬森ぃ、さすがに笑えなーい」
「不謹慎です、冬森」
下校しそびれて家へ帰るに帰れず、他のクラスメートと共に教室の隅っこにいた春夏秋冬だったが。
ぱたぱたと足音が近づいてきたのでぱたりと会話を中断した。
駆け足でやってきたのは担任の村雨先生だった。
「生徒用玄関が突破されたからここにいたら危ないよ」
「「「「え」」」」
「すぐに本館に移って、さぁ、みんな噛まれないよう注意してね」
やべぇ。
天音がさっきからずっと見当たんねー。
家に帰ったのか、それとも、まさか……。
ゾンビに噛まれてなんかいないよな、天音?
姿が見えない天音を気にかける冬森だったが。
流暢に他人の心配などしている場合ではなかった。
一般教室などが集まる校舎と本館を繋ぐ渡り廊下で……侵入していたゾンビに襲われた。
がぶり!
「あーーーー!! 冬森がやられたーーーー!!」
本館に辿り着いていた夏川が悲鳴を上げ、春海と秋村は愕然となり、村雨は言葉を失う。
腕を噛まれた冬森は悲鳴も上げられずに茫然自失した。
俺、ゾンビになんのか?
ぜーんぶ忘れてみんなを襲うのか……?
激痛に冬森が気を失いかけた、その時。
「冬森!!」
本館から、立ち竦んでいたみんなを掻き分けるようにして現れた、天音。
モップを振り上げて冬森の腕に噛みついていたゾンビを撃退、成功。
絶望に脱力しかけていた冬森の手を握りしめ、立ち上がらせ、次のゾンビ追っ手を振り切るように走り出す。
……天音だ、生きてた、よかったー。
……天音、天音……天音……。
「冬森、一人にしないよ」
あらゆる出入り口のシャッターを閉ざしてゾンビ侵入を防ぐことに成功した本館、一階、保健室。
「冬森、噛まれたな」
「非常に残念ですがゾンビ化する前にとどめを」
「冬森ぃ……冬森の分も頑張って生きるね!」
割と薄情な春夏秋に天音は呆れた。
ベッドで眠りにつく冬森を見下ろし、ゾンビ化の傾向が一向に見られない彼に一先ず胸を撫で下ろす。
「他の奴らは噛まれたらすぐゾンビ化したのに、冬森、変わらねぇ」
「まさか冬森がさっき言っていた、母親がゾンビだったというのは」
「え、あれほんとの話? 冬森のおとーさんどんだけキチなの?」
「母親がゾンビ?」
春夏秋の意味深な会話を天音が聞き咎めたところで眠っていた冬森が目を覚ました。
「……んが? ここ、保健室か?」
「冬森ー! よかったぁ! だいじょーぶ!?」
「夏川、行くぞ」
「お邪魔ですから」
「やだーーーっ! 冬森といるーーーっ!」
喚く夏川をずるずる廊下へ連れて行った春海と秋村。
そのまま三人は保健室を出、残された天音はベッドで気怠そうに寝返りを打った冬森の頭をそっと撫でた。
「冬森、気分は?」
「ん……別に……腕が痛ぇけど……この包帯、お前が巻いてくれたの?」
「ああ」
ゾンビに噛まれた皆がゾンビ化するわけじゃないんだ。
きっと冬森みたいに例外もあるんだろう。
自分の中でそう結論づけて、天音は、腰に抱きついてきた冬森をイイコイイコするように撫でてやった。
はぁ、天音、あったけー。
いーにおい。
おいしそー。
……ん? おいしそ?
……その感想おかしくねーか?
そう。
すでに母親から血を受け継いで半ゾンビの冬森、暴徒ゾンビ化には至らなかった。
父親から受け継いだ人間遺伝子がゾンビ遺伝子を制御し、静め、これまで冬森が誰とキスしようとオイタで噛もうと、Hしようと、その相手をゾンビに変えることもなかった。
が、しかし、ゾンビに噛まれたことで傷口からゾンビ菌が入り込み、眠っていたゾンビ本能が活性化されて。
「あ、あ、天音、どうしよ」
「どうした、具合が悪いのか?」
「ちが、ちがくて、た、食べたい、食べたい」
「お腹が空いたのか?」
うん、はら、へった。
天音のこと食べたい。
たーべーたーい!!
「うっうわぁぁ、どうしよっ、天音っ、ちょ、縛れ、俺のこと縛れ!」
「落ち着け、冬森」
「むしろ逆に落ち着いてんだよ!! あーっほら、ネクタイっ、ネクタイで俺のことベッドに括りつけろ、早くーーー!!」
「……そんなことできない」
「じゃあ先生が代わりにしようかな」
保健室の死角から二人のことをこっそり観察していた村雨先生、戸惑う天音からしゅるりとネクタイを外し、ぎゃーぎゃー喚き散らす冬森の両手首をベッドに括りつけた。
不思議なことに村雨には全く食指の動かない冬森。
ただただ天音を食べちゃいたくて仕方がない。
「食べたいっ天音食べたいっ」
「冬森、やっぱりゾンビ化して……?」
「でも明らかに他の人と違うよね? ゾンビ的な捕食本能は顕著に見受けられるけど、理性は残っているし、顔色もそのままだしね」
「だーかーら! 俺のっ!かーちゃんがっ!ゾンビなんだよ!!」
「それは本当なのか、冬森」
「ふーん、なるほど、じゃあ、ある程度免疫があるってことなのかな」
「天音ーーーっ! ちょっとだけちょーだい! かじらせろ!」
「冬森」
「うわぁぁっ!だめだっ!かじるなっ! 俺は人間だーーーっ!!」
ゾンビ本能と人間理性の狭間で葛藤している冬森の姿に天音は心を痛めた。
「村雨先生、冬森、元に戻すことは……」
「うーん、ゾンビになったら大半のホラー映画ではとどめを差すことが救済になるけれども」
「絶対に嫌です」
「ゾンビに噛まれて、こんな症状が出たわけだから、傷口から入り込んだゾンビウイルスに触発されたってことかな……うーん、よくわからないけれど……とりあえず中出ししてあげたら?」
「……は?」
「人間成分、抽入してあげたら元に戻るかもね」
んなアホな、と天音は柄にもなく言いそうになった。
「物は試しだよ」
「……」
「君が渋るなら先生が抽入してあげてもいいよ」
「絶対に嫌です」
「ふーん、じゃあ頑張ってね」
村雨は天音の肩をぽんと叩き、仕切りのカーテンをシャッと締めてその場を立ち去った。
パイプベッドに両手首を固定された冬森は涙目で天音を見上げた。
「天音ぇ……食べたい……」
「冬森」
「……いやだ、食べたくねー……」
褐色頬に伝い落ちた涙。
天音は決意した。
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