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癖のないまっくろな髪をさらりと流して、俯きがちに、周囲に表情を隠したまま天音はおもむろに口を開いた。
「俺だってみんなが知らない冬森を知ってる」
「は?」
聞き返したのは冬森だった。
そんな冬森にちらりと視線をやって、天音は、先を続けようと。
「俺は冬森のはいにょ、」
「だああああああッッ!!!!」
排尿を手伝ったことがある、と言うつもりだった天音の台詞を冬森は絶叫で遮った。
褐色頬をぶわあッと真っ赤にさせ、お膝にいた夏川をブン投げ、大慌てで天音の口を両手で塞いだ。
「むぐ」
「やめろぉぉぉ、天音ぇぇぇ、それ以上言うんじゃねぇぇぇ」
はーーはーー息まで切らして冬森は珍しく焦っていた。
『冬森の排尿、手伝ってあげたいだけだ』
しょんべんすんの、手伝われたとか、誰が言わせるかバカヤロー。
「冬森に潮噴きさせる」
冬森から必死に懇願されて排尿補助の件は伏せた天音だが。
春夏秋のいる前でそう断言すると、冬森の腕をとり、すかさずスクバを肩に引っ掛けて。
そのまま教室を後にして、校舎を出、校門を抜けて。
足繁く通っているパン屋に差し掛かった辺りで。
不意に足を止めた彼は呆気にとられ続けている冬森と向かい合い、真剣な眼差しで尋ねた。
「冬森、潮噴きって、何だろう」
冬森はつい笑ってしまった。
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