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「兄貴の部屋からとってきた」 天音の前にトンッと置かれたのはローションのボトルだった。 「コレ。ケツの穴に塗ったらヌルヌルになって、挿入()れやすいって」 「……冬森、あのな」 「あ。天音、知んなかった? 男同士ってケツ使うんだぞ。ネットで見た」 天音は眼鏡をカチャ、と音立たせて片手で頭を抱え込んだ。 土曜日だった。 天気は曇り、空は厚い雲に敷き詰められて真昼なのにうっすら暗く、冷え込みが増していた。 昨日、閉館間際の図書館で約束し、冬森は一人で天音の家にやってきた。 モッズコートを羽織ったまま手洗い・うがいもせずにコタツに突っ込んでくるなり、そんなモノをショルダーバッグから取り出しやがった。 「せっくす、しよ」 冬森。 でも。 君はまだ。 「……六年待ってくれ」 「なんで六年」 冬森のすかさずツッコミに天音はため息交じりに回答した。 「冬森が今の俺の年齢になるまで。それまで待ちたいんだ」 天音が向かい側に座ればまたすぐ隣にやってきた冬森、必要以上にぴたりと密着すると「んな待てるか」と不満を露にした。 「年の差カップルなんていっぱいいーーーっぱい、いるぞ」 「冬森はまだ小学生だ。できないよ。無理だ」 冬森は明後日の方向を向いている天音の腕に顎をくっつけた。 眼鏡越しにチラ……と見下ろしてみれば、上目遣いにじーーーーーっと見つめられた。 「天音、俺とシたくねーの」 俺は小さな冬森に対して明確な性的興奮を覚えている。 これまで小説越しにしか捉えたことのなかった恋心を現実の世界で初めて抱いている。 「カーカー」 黒ずくめの自分に対してカラスの鳴き真似をする冬森に天音は小さく笑った。 ほら、まだこんなに小さいんだ、冬森は。 心も体も未発達な、こんな小さな彼にセックスを教えるのは、酷だ。 「できないよ」 天音の頑なな回答に冬森は、どえらく生意気そうなふてぶてしい目をスーーー……と細め、その言葉をボソッと口にした。 「浮気してやる」 「え?」 「俺のコト好きっぽい女子、何人かいんの。バレンタインデーにチョコくれたり、調理実習でつくったオカシ、毎回くれんの」 「……」 「あ、後、センセーも」 「先生?」 「男なんだけど。担任になってから毎日ベタベタさわってくんの、村雨センセー」 唐突な浮気宣言にヤキモキしている天音からちょこっとだけ距離をおいて、冬森は、フンッと笑った。 「センセーに教えてもらおっかな、せっくす」 ズキリと痛んだ胸底に天音は思わず眉根を寄せた。 自分以外の誰かが冬森に触れることを想像しただけで途方もない喪失感に脳天を揺さぶられた。 無意識に手が伸びた。 無邪気に幼い爪を振るうみたいに言葉の凶器で自分の胸を引っ掻いた冬森を……その場で押し倒した。 「ッ……痛ぃ」 つい華奢な肩を全力で掴んでしまい、痛みに顔を歪めた冬森を見、天音はすぐさま我に返った。 咄嗟に真上から退こうとしたら。 真下から全力でしがみつかれた。 「いーよ、だいじょーぶ、平気だって」 「……ごめん、冬森」 「いいって」 ほんの短いひと時、肩に容赦なく食い込んだ長い指。 その深さは痛いながらも新鮮だった。 「天音になら痛くされてもいーよ」 「冬森……離れてくれ」 「ちんちん、たっちゃう?」 「ッ……」 「ン。俺の、もう、たってる……せっくすしよ?」 「……どうしてそんなに急ぐんだ」 天音の懐で、もぞり、冬森は顔を上げた。 何とも言えない、これでもかと心をくすぐる表情で、小さな彼は言った。 「だって……他の奴に天音とられたくねーもん……」 それは俺の台詞だよ、冬森。

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