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33-ある日の夜だゾ
「んが」
上下黒のパジャマにパーカーを羽織ってコタツにINしていた天音は思わず一人そっと笑んだ。
静まり返った深夜のワンルーム。
ベッドから聞こえてきた冬森のイビキに集中力が途切れ、キーボード上で滑らかに動いていた指がほんの束の間の休息を得た。
天井の明かりは消されていた。
シンプルなデスクライトおよびノートパソコンの液晶画面から滲む淡い光が整理整頓された室内をぼんやり照らし出している。
やがておもむろに再開されたタイピング音。
一時間ほど、不規則、緩急つきのノクターンは静寂を刻むように天音の指先から紡がれた。
「天音」
起こさないようベッドにゆっくり戻った天音は、もぞもぞ抱きついてきた冬森に「起こしてごめん」と小さな声で謝った。
全ての明かりが消されて暗くなった部屋に「んーーーー……」と間延びした冬森の声と衣擦れの音が響く。
「隣にお前いなくて寒かった」
掠れた声色の褐色男子は正面から抱きついて天音の胸元に額をごりごり押しつけた。
「お前、小説書いてんだよな?」
「うん」
「やっぱな。夜中、ベッドから抜け出してカチャカチャやってっから。今までにも何回かあったし」
鎖骨の下辺りに顔を埋めた冬森の、さもおばかそうなカラーに染められた短髪を天音は丁寧に梳いた。
「どんな話? えろいやつ?」
「あのな」
「ホラー?」
「木の話だ」
「すげぇシュールじゃね」
「閉園された植物園に取り残された木と、管理を任された業者の青年の話だ」
「へぇ~~~~、はぁ~~、お前の指冷てぇ~~」
すっかり自分専用となった天音の上下スウェットを着用していた冬森は、褐色頬をなぞっていた細長い五指を両手でしっかり包み込んだ。
「あたたかい、冬森」
真冬の深夜、布団と毛布の中で心の底からほっとする温もりを分かち合う。
「将来、商売道具になるかもしんねぇし、大事にしろよな」
強風にカタカタ鳴る窓。
階下ではドアの開閉音、些細な物音が時折していた。
「うわ、ここも冷てぇ」
今度は両頬を掌で挟み込まれ、くすぐったい天音は目を閉じた。
「ちゃんとコタツ入ってたのかよ? つぅか暗いだろ、次からは部屋の明かり点けてやれよな、俺は気になんねぇから」
「わかった」
「お前ほんっと無駄な肉ねぇな」
いつか物語が完成したら冬森に読んでほしい。
でも冬森は読書が苦手だから、嫌がられるかもしれない……。
「いつか読ませろよ」
密やかに見張られた純和風まなこ。
「っ……うん、読んでほしい、冬森」
「読むのにすンげぇ時間かかると思うけど、一ページ一日、全部で半年とか……いや、一年……んが……」
色白の頬を仄かに紅潮させ、天音は、目の前であっという間に眠りに落ちていった冬森の寝顔を見つめた。
夕焼け小焼けの放課後のときみたいに、冷えた冬の夜長、眠れる彼にそっとひとつキスをした。
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