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39-冬森がタダイマだゾ/最終章
冬森が武者修行のため遠方の温泉地の一角にて旬の料理が惜しみなく振る舞われる竜宮城ならぬ割烹旅館へ旅立ってから。
もうじき二年が過ぎようとしていた。
「天音!!」
一月の第二日曜日、アクセス便利な都心部に建つ、文化複合施設を兼ねた市民会館のエントランスホール。
この地区では三連休の中日に成人式が開催され、式典終了後の会場から溢れ出した参加者でごった返す中、頭一つ分飛び出た長身の天音は振り返った。
「やっぱり天音だ」
「久しぶりですね」
高校時代と比べてあまり印象が変わっていない春海と秋村が手を振っていた。
凸凹な二人は騒々しい人波を練ってやってくると、観葉植物の隣で立ち止まっていた天音を二人揃ってまじまじ凝視した。
「当たり前かもしれないけどお前髪伸びたな」
特にこれといって面白味もない無難なスーツ一式に対し、文字盤が特徴的な腕時計のセンスが光っている春海。
「前よりもミステリアスな雰囲気です」
体の線に沿った同系色コーデのスリーピース、相変わらずなスタイリッシュ眼鏡、そして春海とお揃いの腕時計をした秋村。
「時計、二人とも同じものをしているのか」
「ッ……だから言ったんだよ、秋村、二人並んだら気づかれるって」
「何言ってるんです、春海、本当はスーツだってお揃いがよかったのに」
「悪目立ちにも程があるんだよ」
やたら派手な集団やら普段と変わらない出で立ちの者やら、洗練されたルックスでビシバシ注目を浴びる美男美女やら。
名前も知らない様々な新成人らと共に天音達は館外へ。
寒空の下、あちこちで写真撮影が繰り広げられている傍らで、彼らは改めて向かい合った。
「二人とも元気そうで何よりだ」
長い黒髪を一つ結びし、細身のシルエットが魅力的な黒スーツに無地のネクタイ、黒縁眼鏡をかけた天音。
「天音、和装にすりゃあよかったのに」
「大正デカダンス風、似合いそうです」
「……俺は退廃的な存在なんだろうか」
やんややんや賑わう市民会館前の一角で高校時代と同じように和気藹々していたところへ。
「よぉ、天音」
いきなり背後から誰かに抱きつかれて天音は驚いた。
「なーんちゃって。冬森だと思った?」
振り返れば夏川がいた。
きれいめシックなハット、ツイードのチェック柄スーツにカラーシャツと蝶ネクタイ、小難しそうなアイテムを甘爽やかな顔立ちでざっくり着こなしていた。
「うわ、夏川だ」
「出ましたね、夏川」
「おーい、虫でも出たみたいなリアクション、や・め・ろ」
自分の背中に抱きついたまま春海と秋村にいちゃもんをつける夏川に、天音は、冷静に言う。
「冬森だとは思わなかった、夏川」
「うそだ~、ときめいたくせに~」
「ときめいていない。冬森は弾丸みたいな勢いでもっと力を込めて抱きついてくる」
「げ。久々の再会で惚気かまされた。やっぱお前キライ」
「ところで当の冬森は? 来てないのか?」
「メールをしても返信なし、既読すらつかない、まだ修行に集中しているんですかね。天音、何か聞いていませんか?」
実は。
卒業式から今の今まで連絡一つだってとっていない。
春海らが驚愕するであろう事実を伝えようとした天音だが、不意に、猛烈なあの感覚に襲われた。
「クシュン!」
もちろん多くの新成人でひしめき合う周囲にアレルギー対象となる猫ちゃんは見当たらない。
「ッ……クシュンっ」
「天音、風邪か?」
春海に心配された天音は綺麗に折り目のついたハンカチで鼻を押さえ、首を左右に振った。
ひょっとすると。
「……夏川、もしかすると猫を飼っているか」
「へ? 飼ってはないけど? 学校ではわんちゃんにゃんちゃんしこたまお世話してるけど? ここ来る前にも野良猫ゴロゴロさせてきたけど?」
それだ。
「離れてくれるか、猫アレルギーなんだ、その服に猫の毛がくっついているのかもしれない」
夏川はくどくない二重瞼の双眸をぱっちり見張らせた。
自分にとっていけ好かない天音の弱点を初めて知った腹黒男子がすんなり離れるわけが……なかった。
「あ~ま~ね~く~ん♪」
夏川に悪意あるゴロゴロをされて天音はクシャミを連発、春海と秋村は相変わらずな友達に呆れ果てた。
「夏川、天音苦しそうだって、離れてやれよ」
「恐ろしいくらいちっとも成長していませんね」
「何とでも言え、ほらほら、天音~、苦しめ~♪ 苦しめ~♪」
夏川は成人式という晴れの日に全くもってしょーもないイヤガラセを続け、見兼ねた春海と秋村は天音から引き剥がそうと歩み寄った。
バカ力を込めて笑いながらぎゅうぎゅう抱きついてくる夏川の両腕を振り解けずに、押される一方、餓鬼に集られているかのような有り様の天音はまたクシャミを、
「浮気してんじゃねぇぞ、天音」
ものの見事にクシャミは引っ込んだ。
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