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1-4 俺は木こり
***
30分後
床屋から出てきた俺は、以前とは別の意味で衆目を集めていた。
その理由は、散髪の成り行きを案じ、鏡に映る姿を見ていた俺にもよくわかった。
山小屋で暮らすようになってから、カミュの希望で髭を伸ばし、顔の7割がたが毛で覆われて自分の容貌すら思い出せなくなっていた。しかし、髭を剃るうちにみるみる顔の輪郭があらわれて、自分の顔つきが誠に精悍で男らしい顔立ちだということを悟ったのだった。
髭を生やすと老けて見えるものだが、自分は30代後半くらいだと思っていた。カミュには28歳くらいだと言われていたが、年齢差をごまかすために言ってるのかと信じる気もなかった。だが、鏡に映る肌は艶があり、これならまだ20代と思える。おまけに端正な顔立ちで、床屋を追い出された後も窓ガラスに映る自分の顔をナルシストばりにしばし見入ってしまった。
「髭を剃るのも悪くないな」
この顔を早くカミュにも見せて驚かせたい。髭がなくなったと悲しむだろうか?髪の毛もバッサリ切られて、短くなってしまったので、カミュがよりよりできる部分は胸毛くらいしかない。
道行く人々も、今までのように熊のような巨漢に戦慄して道を譲るのではなく、なんだかいたく感動した風に瞳孔を開き小刻みに体を揺らしていた。若い娘たちが横道に駆け込んで黄色い声を上げているのがかすかに聞こえた。女たちの視線を集めるのもいい気分だった。
「あんた、すげえな。おーい、おまえ!」
釣銭を勘定していた八百屋のおやじも手を止めて、奥に引っ込んでいた女主人を呼び出す。
「おやおや、見違えたね」
辛子色の前掛けで手をぬぐいながら出てきた彼女も感嘆して、俺を見上げた。
「これで武具や防具でもそろえれば、城の衛兵にでも仕官できそうだね。騎士様みてえだ」
旦那は自身がイメチェンしたかのように頬を上気させて、俺の変身を喜んだ。
「騎士かあ……」
残念ながら俺は木こりで、騎士のスキルなんてないのだが、それでもそう言ってくれてうれしい。騎士として王宮につかえれば、給料も段違いだろうし、今よりもっと生活が楽になるだろうか。
「そうだね。あんた。少なくとも服装も今はやりのを着せたいわねえ」と女主人。
色褪せたシャツに膝に当てた継ぎはぎすら破れてしまったオーバーオールじゃ、恰好がつかないのは仕方ない。
「まあ、それにしても床屋行って正解だよ。よかったな、アレンさん」
普段は怖がって話しかけてこないようなモブ村人も、八百屋達の会話に交じって話しかけ、気軽にボディタッチまでしてきたのだった。近づきやすくなったということだろうか。
「二人には礼を言うよ。カミュも喜んでくれると思う」
俺は照れて頭を掻きながら、礼を言うと拍手が起きた。
流石に居心地が悪くなって、「また来るよ」と荷物を片手に足早に市場を後にした。
***
買い物と散髪を終えて、街中をぶらついていると、冒険者ギルドの店の前に人だかりができていた。
今日は2週間に一度クエストが更新される日だった。
この村の北東にある城下町から新たなクエストの依頼が届けられるのだった。町より情報は数日遅れるが、それでもこの村を拠点とする冒険者たちの飯のタネになっている。勿論、この村で発生したクエストも受け付けている。
どれどれ……と俺はおもむろに店前の掲示板に近づいていく。高額の懸賞金がかかった賞金首や怪物討伐の傭兵募集、城内の守備兵の招集の他、洞窟探索や内偵索敵、挙句の果てに災害ボランティアや土木工事の募集まで、さまざまな告知のチラシが張ってある。つまり、臨時の労働力を募っているわけだ。
「簡単なクエストなら、俺も出来そうだがなあ…」
俺は斧や弓、罠なら扱えるが、剣の握りかたを知らないし、冒険者としてギルドに登録しているわけではない。だけど、剣士や魔術師などの技能がなくても出来そうなクエストもある。それらは、報酬にもよるが誰にでも出来るので人気があり、貼り出しと同時に受注されてしまうことも少なくないが、見落とされた案件があるのも事実だ。
例えば、おばあちゃんの話し相手になって欲しいとか、迷子の子猫を探してほしい、というクエストもある。そのようなクエストをこなせば安くはあるが相応の報奨金がもらえ、貯蓄の足しにもなろう。しかし……
***
「だめ。絶対だめだから」
と、カミュが念を押して言うのである。
「なんで?小遣い稼ぎになるんだぜ?」
事後の俺たちが褥に並んで触れ合っているときに、カミュは語気を強めて否定した。
「なんでって。そんなことアレンがする必要ないよ。お金はあるし、生活に困ってないだろ?」
「そうだけど」
真っ暗闇の中で、カミュの体温を感じながら、俺は頭の下で手を組む。
——そうかなあ??
お金があれば、もっと生活が楽になると思うことはいっぱいある。
性能のいい農具を調達したり、雨漏りしている小屋の屋根を修理したり、部屋を増築したり、寝室のベッドをシングルからダブルにしたり、いい干し草を買ってやって馬の腹の調子を整えてやったりと、お金はあればあるだけいい。カミュが痩せているのも栄養不足じゃないのかと、俺は訝しく思う。
「それにアレンを危険な目にあわせられないよ。君は木こりなんだ」
カミュは俺の下腹部を優しくなで、甘い吐息をつきながら耳元でささやいた。
「うん」
脳裏で何か違和感を感じるが、相槌を打つしかなかった。
——そう。俺は木こり。
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