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1-5 ギルド登録
***
俺がカミュとのやり取りを思い返しギルドの店先で佇んでいると、店から顔を出し声をかけてくるものがあった。体格のいい女だった。一時的な混雑も落ち着いてきたようだ。
「あなた、中に入らないのかい?早くしないと、クエストがなくなっちゃうわよ?」
ギルドの女店主のようだ。今まで一度も声を掛けられたこともないし、一度だって入ったことのない店のスイングドアを胴体で押しながら、おそるおそる踏み入れる。
窓が南に面してところどころにあるが光が奥まで届かないため薄暗く、寂れた酒場のように燻ぶった臭いが漂い、煤けたランプが数か所テーブルの上に置いてあるきりだ。俺はおもむろにカウンターに近づいた。
「まあ座りなよ」と、さっきの店主に席を勧められ、炭酸飲料が出てきた。
「モヒートよ。サービス」
女は愛想がよさそうにウィンクをしながら言った。
緑色のグラスにミントの入った透明な液体がなみなみに注がれている。
一気に煽ると、炭酸が効いていて喉越しのいいすかっとした味だった。
「あたしのことは知ってるかもしれないけど、この村のギルドオーナー、マール・キルトンよ」
「ギルドオーナー?」
正面にいるのは大柄な女。黒髪を一つにまとめていて胸の大きい綺麗めな壮年の女性だった。肌は小麦色に焼けていて、パツンパツンの浅葱色の上下を着て、腹を出しているが、腹筋が綺麗に六つに割れている。以前は冒険者をしていたのかもしれない。
「そう。あなた、街中で見たことあるわ。あの、金髪の美少年と一緒に歩いてる…」
「……」
金髪の美少年。またか、と俺は眉をひそめた。女はそんな俺の思いを察したのか口角を上げる。
「男前なのね。見違えたわ。名前はなんていうの?」
女店主は腕を組み目を細めながら訊ねてきた。
「イーグル。アレン・イーグル」
「アレン。よろしく。ところで、冒険者ギルドの登録はしてる?」
「いや。はじめてだが」
俺の答えに、キルトンは少し驚いたような顔をした。
いや、定期的に村に来ているのにギルドに顔を出していないのだし、登録すらしていないとみるのが普通じゃないかと思うが、多分これも俺の体格が関係しているのだろう。
ギルドに登録している冒険者は大抵ガタイがいいし、偉丈夫の方が難易度の高いクエストをこなせる。そして、難易度の高いクエストを受注してくれる冒険者が滞在するギルドのオーナーは多少なりインセンティブに与れるという。当然、俺も他の村でギルドに勧誘され登録しているものと思ったのだろう。
「クエストに興味あるみたいだけど……」
「ああ」
「……じゃ、登録する?」
女は身を乗り出し、両手をテーブルについて言った
「……」
俺は少し躊躇した。相方には禁止されているが、少しでも生活が楽になるならクエストを受けてもいいと思った。登録だけならしてもいいだろう。
「ああ」
「そう。なら早速、必要事項を用紙に書いてもらえる?」
マール・キルトンは俺の顔を覗き込むように首を傾げて笑みを浮かべたが、すぐに真顔に戻ると事務的に話を進めた。俺は渡された用紙に氏名のスペリングや住んでいる場所、職業、年齢、身長・体重等を記した。その後、用紙を受け取ったキルトンが俺の体の特徴について、チェック項目を入力していく。人種・民族や話す言語(訛り等)、髪・瞳・肌の色などだが、室内が暗いのでちゃんと記入できているのか気になる。
「へぇ。190あるんだ。あー火の民系騎士の血筋かな?毛先赤いもんね。珍しいわ。属性攻撃が出来るのかしらね?隣の大陸出身?」
女店主は、俺に聞いているのかわからないくらい早口でぶつぶつ言っている。
「……?」
火の民?たしか、前にカミュからそんなことを聞いたことがあるし、海を渡った時も漁師の爺さんに言われた記憶がちらと蘇った。騎士の血筋なんて言われたが、記憶がないので何とも言えない。
「気にしないでいいわ。こっちの独り言よ」
「これでよし。あ、あと、二重登録がないよう念のため確認するけど、……ええとアレン・セバスタではないわよね」
キルトンは冒険者台帳のAのインデックスをぱらぱらを捲りながら、俺に訊ねた。この冒険者台帳とやらは、各地域のギルドで年1回更新される全世界の冒険者のリストが記載されているもので、大陸関係なく世界中のギルド各店舗に備わっているものだった。因みにギルドは村や町の数だけある。
「イーグルだ」
カミュ曰く、俺の名前はアレン・イーグル。
2年前、目覚めたときに教えてくれた名だ。身の証明になるものはなくても登録できるそうだが、念のため身分証も見せた。
「OK。仮ナンバーを発行したわ。No.2052よ。ここは出先機関だから、城下町の支部に連絡して、後日冒険者カードを交付するわ。大体、2週間後に来てくれれば渡せるわ。それと、今から仮カード作るけど、クエスト受注する?」
「どんなのがある?」
「まあピンキリね。クエストについてはホント多種多様すぎて、説明しきれないから、店内と表の看板に貼ってあるクエスト注文票を読んで、気になったのを持ってきてくれるかな。詳細を説明してあげる。でも……、あなただったら、そうねえ……」
キルトンは俺の体を舐めまわすように見ると、カウンター奥に貼ってあった古びた注文票を差し出してきた。
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