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1-7 隠し事

*** 「できた……」  遠くの方で声がする。と思ったら、いつの間にかソファーで寝こけていたようだった。 「アレン、起きた?配膳お願い。お風呂見てくるから」 「うん」  カーテンの隙間から外を見やるも、黄昏時とやらで部屋の方が明るいので自分の寝ぼけた顔が映った。時計は6時前。夏の日没はこんなものか。室内は不思議なくらい明るい。ろうそくやランタンの光だけでなく、カミュが魔法とやらを使っているらしいが、暖色系の落ち着いた空間を演出している。 「あ、アレン。膝の継当て、また破けちゃった?あとで直してあげるね」  俺がクリームシチューの配膳をしていると、戻ってきたカミュがたいそうな声を張り上げて、それから何事もなかったかのように大皿にサラダを盛りつけだした。 「おう……」  さっき居眠りする前に何か言われて、癪に障った気がするのだが、何だったか忘れてしまっていた。気にする性格ではないのでそのまま着席し、カミュがエプロンを脱いでワインボトルを持ってくるのを待つ。 「アレン、今日はご苦労様でした」  そういいながら、カミュはなよやかな仕草で俺のグラスに赤ワインを注いだ。白く細い彼の指が明るい部屋の中で俄然輝いているように見える。ウェーブのかかった金髪はなおのこと、神々しく光を放っている。俺はカミュの注いだワインを一気に飲み干した。甘く芳しかった。 「お前も料理ありがとう。買い出しに行ってよかっただろ?今日もシチューが食べられる!」  アレンは満足げに相方に言い聞かせる。 「そうだね。僕がケガをしなければ、一緒に行けたんだけど」  うつむき加減で、彼はスプーンをシチューに浸した。 「こぶの方はどう?まだ痛い?」 「痛みは引いたよ。でも、まだこぶだよね。いつ治るんだろ?」  触りながら、カミュはシチューを口に含む。おいしいねと本音が口に出る。 「こぶはさほど気にならないぞ?」 「よかった。それより、今日は村で何かあった?」  カミュは控えめな口調でさりげなく訊いてきた。 「このミニトマト、美味いな。やっぱ採れたては最高だな。え?ああ、図書館に本を返すのにお前のカードは要らなかったな。持たせてくれたけど」 「まあ、念のためね」 「お前は返却のときに本の感想を言うんだってな。勉強熱心だって褒めてたぜ」 「それ、レイナさんかな。あの人、城下町にある魔法学校の中等科まで通ってたんだって。家の都合で辞めて村の図書館に勤めることになったんだけど、魔術に詳しいからいろいろお話してもらうんだ」 「へぇ」受付の女性は綺麗だったが、魔術に関心のない俺は聞き流す。 「で、その後髪切ったの?」 「いや、薪を売った後、市場に行ってお前のメモを見ながら買い物をしてたら八百屋のおやじに捕まって……」 「ああ、ペリグルさん?話が長いものね。でも、親しみやすくていい人だよ」 「おかみさんも出てきて、『むさ苦しいから髭を剃れ』って、二人に言われたんだ」 「そうなんだ……」 「八百屋の向かいに床屋が出来たの、お前も知ってるだろ?」 「まあね」カミュは気まずそうに頷いた。 「俺も行こうか迷ったんだけどね。お前、俺の髭、好きだったみたいだし」  このセリフは、ちょっと照れながら俺は言った。 「……うん。好きだったよ。もう、前みたいにお髭をよりより出来ないし、『くまさん』なんて言えないね」 「言わんでええよ」俺は毅然として言ったので、カミュは思わず噴き出した。 「ごめんね」 「俺、前よりはカッコよくなったかな?」怒ったついでに調子づいて訊いてみると、 「……ふ……ん。どうだろ……」カミュは少し顔を赤らめて、また俯いた。 「お前って、素直じゃないよな……」 「え……」ますます顔を赤く染めて、カミュは両手で顔を隠してしまった。 「おいおい」 「僕、またお髭伸ばしてほしいな」  顔を隠して、まだ言うかこいつ。俺は顎をしゃくるが、そこに髭はない。 「アレン、早く食べないと冷めちゃうよ。シチューもお風呂もね」 「ああ」  カミュはそれ以上のことは聞いてこず、俺もギルドのことは何も話さずに食事を終えた。 ***  食事が終わり、屋外の五右衛門風呂に浸かりながら、雲のない夜空を眺めていると、カミュが籠を持ってやって来た。 「一緒に入るか?」 「もう!!そんなスペースないじゃん」  カミュはまたもや顔を赤くして、アレンの肩を叩いた。 「確かに……」  見るからに人一人が立って入るスペースしかない。おまけに俺が入ると湯があふれて、出るときは湯桶の半分くらいに減ってしまうから、カミュは再び湯を足して入らないといけない。 「いつも先に風呂に入ってごめんな」 「え?そんなこと気にしてないよ。でも今日みたいな日はアレン、お風呂入らないよね」  地べたに脱ぎ捨てられた俺の服をせっせと回収しながら、何気なくカミュは言った。 「今日みたいな日?」 「だって、今夜は××する日じゃん」 「ああ、そうだったな!」  ——忘れていた。  今日はセックスする日だった。俺たちは1週間に一度肌を重ねるのだが、その日は俺は風呂に入らない。汗を洗い流すとフェロモンまで落ちてしまうからだ。カミュがまた特異な性癖で、体臭の濃い方が盛り上がるから体を洗わないでほしいと懇願するのだ。 「でもいいよ。今日はアレン、すごく疲れてたみたいだったから、先に入ってもらったんだ。帰ってきてからタオル2枚使ったでしょ。それに……」  彼はその先を言わなかった。継ぎはぎを繕おうと拾いに来たオーバーオールに引っ付いていた数本の獣の毛をつまんで思案しているのを、俺は気付かなかった。

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