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4-2 言い訳
***
「で、訳って?」
着座してすぐに俺は取り付く島もなさそうに言った。それなりの理由や緊急性があるなら、ちゃんと聞いてやらないでもないが、どこのものかもわからない荷車を取り付けて、魔導書やら食糧やら衣料品やら買い込んできたのを見たら、なんとなくの想像はついてきたのだ。
「だからその……」
いきなり、だからその……である。言い訳のしょっぱなから、何がだからだ、知るかボケ!
カミュは小動物のように縮こまっている。俺の額に青筋が立っているからだろう。
「僕が相貸 した魔術本は、魔法図書館の貸禁本 で、閲覧 のみ可だったんだ」
「はい??」
言ってることの意味がわからない。俺は図書館など利用したことがないし、相貸?貸禁本?一体なんだ?カミュが専門用語らしきものを使っていることはわかるが、それら単語の一つ一つが俺の神経を逆なでするしか能がない。
「あのね。魔法図書館に一冊しかなくて、世界中にも三冊しかない大切な本だから、貸し出しを許可してない本だったの。だけど、何度も申請書と依頼状を送って、特別に受理されて村の図書館に送ってもらうことが出来たんだ。けど、閲覧しか許されてなくて、持ち帰れなかったんだ」
「だが、持って帰ってきたじゃねーか!」
「うん……それはね……。レイナさんに便宜を図ってもらって……、特別に」
「特別にー、特別にーか。そんなんでいいのかよ」俺は呆れかえってはぁと息をつく。
「良くはないよね。わかってる。しかも、5冊も分厚い本を借りちゃって……。申し訳ないよね。2週間の閲覧じゃ、とてもじゃないけど読み切れない。でも、僕の知りたいことがたくさん書いてある本なんだ。だから、昨日中に読めるところまで読んで、明日以降も図書館に通おうと思ってたんだけど」
「……俺に留守番させて?」また、書置きを残していくつもりだったのか?
「うっ」カミュは申し訳なさそうに俯く。
「で、それはともかく、お前はどこに寝泊まりしたの?まさか野宿じゃないだろうな?それと、あの荷車はどこのだ?」
俺が訊きたかったのは、まさにこれであった。仔細はどうでも良かった。カミュはおどおどしながらも、いきる俺を手で制する。
「待って。順番に説明する。……閉館まで本を読んでたら、レイナさんが内緒にしてあげるから、本を持ち帰っていいっていうんだ。いつも仲良くしてもらってるからそのお礼だって。優しいよね。でも、僕、こんな大きい本だと思わなくて荷馬車で来なかったから……」
「その女に荷車を借りたんだな?」
「うん。レイナさんのお父さんは、体を壊して資材輸入業の仕事をクビになって、病気が治った後は個人で卸の運送を引き受けてるんだって。だから、お父さんの荷車を貸してあげるって言われたんだけど」
「商売道具じゃねーか」
「うん。だから、昨日は借りられなかったんだ。昨晩は、ご厚意に甘えて……」
「ハーン。女の家に泊めてもらったんだな??」俺は頭の後ろに手を組んでふんぞり返った。
「……」カミュはこくりと頷いた。
「ヤったのか?」
「へ?」
「だから、ヤったのか?」
「どういうこと??」カミュはきょとんとしている。
「気があるんじゃないのか?お前、その女に……」
「え?え?言ってることの意味が分からないんだけど」
ガキめ。俺が言わんとしていることがわからないだと?
「意味も何も、男と女が夜にやるこたひとつだろ。女もお前に気があるみたいだしな」
「そ……そんなことないよ」カミュは急に顔を赤らめた。
「僕たちはただの友達だよ。レイナさんは僕が探している資料を調べてくれて、本当にいい人だよ。アレンも話したんだよね。返却のとき」
「ああ、俺がお前のカード見せたら、媚びたような声でお前を褒めたたえてたよ。あれはひょっとして気があるんじゃないかと思ったが。でも、見た目その女の方が年上だろ?まさかとは思ったが。……それで、朝帰りか。お前も良くやるよ」俺はふんと鼻を鳴らして、腕を組む。
「待って!待って!誤解だよ!!僕がそんなレイナさんと……アレン、誤解してるよ。レイナさんの家は家族3人で住んでいて大きくないし、僕はおじさんの寝室の床で寝さして貰ったんだ」
「え?ちゃんと上掛けは貰ったか?床に直に寝たんじゃなかろうな?それとも女のガウンでも羽織らされたか?おやっさんに何かされなかったか?」
家の間取りまで説明し始めようとするカミュに内心苦笑しながら、それでもからかい続ける俺。でも、レイナとの関係を指摘しとっさに顔を赤らめたカミュに、俺の心はさほど晴れない。これは嫉妬なのだろう。
「バカ言わないでよ。ちゃんと布団を出してもらったし、寝る直前まで明るくしてもらって魔術書も読めたし、朝食までごちそうになって、何から何まで親切にしてもらったよ。荷車だって、うちのものより断然いいんだ。レイナさんの家を侮辱しないでよ」冗談を言っただけなのに、頓珍漢に怒りやがって。逆上ですか?
「はいはい。わかったよ。じゃ、もう荷はおろしたんだな。行くぞ?」
俺は立ち上がると、上着を脱いで下に綺麗なシャツを着た。庶民的ではあるが、生地も良くよそ行き用にしているスラックスがあるので、それを穿いていく。買い出しの時などには穿かない、それなりにちゃんとしたものだ。靴下も羊毛のまだ穴の開いていない新品に近いものを履いたし、きちんと磨いてある革靴を下駄箱から用意する。
「え?どこに?」俺の動きを目で追い、再びきょとんとするカミュにやれやれと手を振る。
「お前さあ、おじさんの商売道具を借りてきたんだろ?早く返さないと悪いだろうが」
「あ……」憑き物が落ちたように俺を見上げるカミュにくすりと笑う。
「俺も礼をしたいしな」
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