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4-4 異母兄弟
***
居間へ通された俺たちをレイナの両親が迎えた。母親は俺を見上げてびっくりした様子だったが、すぐに奥へと引っ込んでしまった。カシっと何か火を起こすような音がするから、茶でもふるまうつもりなのだろう。
「おお。カミュ君。昨日の今日だね。元気そうでなにより。……隣の方は?」
女の父親は、やっぱり俺の体のサイズに驚いているようだが、なぜか嬉々とした顔をしていた。
「兄のアレンと申します。よしなに。昨晩は弟をご自室に泊めてくださり、そして今日は荷車まで貸していただき、ありがとうございます」
最近は、主にカミュに対する乱暴でくだけた言葉遣いが沁みついていたが、俺でもこれくらい丁寧に喋れることに内心ほっとした。
「いやいや。荷車はレイナが勝手に持ち出しおって…困っていたところでしたよ」
「……そうでしたか」俺は部屋の隅に立つレイナをじっと見る。彼女は顔を赤くして下を向いた。
「ほれ。お前も座りなさい」と、レイナに着座を命ずる父親。
カミュによると彼らはサンドレー一家ということで、父親のことを以降ミスター・サンドレーと記す。レイナは、もう既に謝ったとは思うが、着席すると俺たちへの体裁か父親に謝罪した。ミスター・サンドレーはもうよいと手を振る。
「仕事に支障があったのでは?」
俺は心配して訊ね、ちらとカミュを見やる。カミュは眉を顰め困惑していた。
「まあ、なんとかなりましたよ。いけないことですが、仮病を使いました。ですので、外に出られず、鬱屈していたところです」
「仮病ですか……」
体を壊して職場をクビになったと聞いていたが、仮病が癖になっている可能性がある。断言はできないが……、仮病を使ったなんて初対面の人間に軽々しく言うことではないし。ただ、その仮病の原因はカミュに荷馬車を貸したからだ。心苦しい。
「申し訳ないです……。今日は、荷車を早く返さなければと思いうかがった次第で、何のお礼も用意できませんでしたが」
先日の買い出しで大盤振る舞いしたせいで、今は貯蓄があまりない。また薪を売れば、ささやかなお礼くらいは出来るはずだ。
「なんのなんの、そんなの要りませんよ。レイナが勝手にしたことですから」ミスター・サンドレーは鷹揚そうに手を振って、にこにこと笑った。
「なあ、レイナ?」
「ええ。カミュ君にもっと勉強していただきたくて……」レイナは純朴そうに顔を赤らめて答えた。カミュもそれに共鳴するように、赤面したのを俺は横目でじっと見る。
「ところで……、失礼かもしれませんが、お二人は本当に兄弟ですか?」
ミスター・サンドレーは目ざとく訊いてくる。俺たち二人が兄弟といって並んでいたら、必ず頭に浮かぶのがこの疑問だろうが、普段村では別行動なのでこういった質問はほとんどない。言い換えるならば、兄弟を疑われるから、カミュは村での別行動を許しているのだろう。
俺が答えに窮すると、カミュは急に話し出す。
「僕たち異母兄弟なんです」俺は、ぎょっとしてカミュに振り向いた。
「ほう」ミスター・サンドレーは目を丸くした。
「年が離れているのは、兄さんが前妻の子で、僕が前妻が亡くなった後に娶られた後妻の子だからです。似てないのもそのせいです」
カミュがあまりに流暢に話すので、記憶喪失の俺はそれが本当なのか嘘なのかわからなくなる。本当なら、異母兄弟でセックスしているという話になる。だけど、半分同じ血が通っているとは思えないほど、俺とカミュは似ていない。脳内で激しく否定する。
「なるほど。異母兄弟か。だが、とある競走馬の世界では、母が同じ異父兄弟は兄弟というが、異母兄弟は兄弟とは言わないのを知っているかね。異母兄弟というものは、異なる環境で育てられることが多く、仲良くなれるのは珍しいようだが」
「そうでしょうか?僕達は競走馬ではありませんし、一概には言えませんよ。だって、兄さんと僕は12も離れていて、ぼくの母さんは父さんよりむしろ兄さんに年が近いんです。それで、兄さんはこんなにイケメンですから、母さんも悪い気はしないでしょう?たとえ、嫡男である兄さんに全財産を持っていかれたとしても、僕の母さんは兄さんが好きなんですから」
「ほう……財産……」ミスター・サンドレーは一瞬目を光らせた。
「いえ、たとえばの話です。僕たちに財産はありません。……村は滅ぼされましたから」
「滅んだ……?」呆気にとられたように、口を開くミスター。
「ええ。まあ……」そこで、カミュは口ごもった。一体どこまで嘘をつく気だろうか?
もしこれが、俺たちが本当に兄弟で、滅ぼされたどこかの村から逃げてきたとかいうのなら、なぜ教えてくれないのか、ということになる。信頼して体を許しあっている仲なのに、あんまりではないか。だから、真実ではないはずなのだが、嘘臭さもない。彼はいつからこんなに嘘をつくことが上手になったのか。村ではいつもこんな感じなのだろうか?
辛気臭くなり、ミスター・サンドレーもそれ以上訊く気は失せたようだった。彼が財産というワードに興味を持ったので、カミュが気を削ぐために、滅んだなんて大げさなことを言ったのだろう。俺たちの故郷は無事にどこかにあると信じたい。
しかし、ミスター・サンドレーという男はうさんくさい。異母兄弟と聞いて、ますます俺たちに興味を抱いたようで、俺は余計に気持ち悪くなった。
奥の台所から、ミセス・サンドレーが紅茶を持ってきてくれたが、あまり長居をしたくなかったので、カミュを急かし適当に挨拶をして家を後にした。ここで紅茶は飲みたくなかった。
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