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4-5 そして雨

***  荷車を返し、俺たちはロディを引きながらとぼとぼ歩く。出掛けにオートミール用の燕麦が少なかったのに気づいたので、それだけ買って帰ることにした。 「なあ。カミュ……」俺は言いにくそうに口を開く。 「なに?アレン」 「さっき言ってたこと、本当じゃないよな」 「何のこと?」カミュはきょとんとしている。 「俺たちが……異母兄弟だってこと」 「アハハハハ。アレン、ずっと黙ってたけど、そんなこと考えてたの?」カミュは腹を抱えて笑いだす。 「……」俺は押し黙る。まだ不安が残るからだ。 「ふふふ。僕たちが兄弟なはずないじゃない!!」  おい!それ街中で大声で言うなよ。こんな場所で訊いた方も訊いた方だが、俺は手のひらでカミュの頭を叩いた。カミュは慌てて小声に切り替える。 「嘘に決まっているでしょ。どう見たって、僕たちは兄弟には見えないよ。残念ながら」 「残念か?」 「いや、残念ではないね」カミュはくすりと笑って、俺の腕にスーッと指で線を引いた。俺も少しホッとする。 「お前が嘘つくところ、あまり見たくなかったな……」俺はボソッとつぶやく。 「でも嘘つかないと、切り抜けられなかったよ。まあ、ああ言ったところで、サンドレーさんが僕たちを兄弟って信じるかは微妙だけどね。アレンってすごく頼りになるときはあるけど、そういうところ可愛いよね」 「そういうところ?」 「なんでも信じちゃいそうになるところ」  お前のその妙にませた口ぶりが俺の鼻につく。約束を破って朝帰りまでして、まだ毛も生えないガキのくせに。今晩は嫌というほど、しゃぶらせてやる。 「あのさ、さっきの話だけどさ。僕ね、レイナさんはてっきりお父さんから許可を貰って荷車を貸してくれたんだと思ってたよ」 「あー、な。でも、運ぶものが貸出禁止の魔術書だったから、頼みにくかったのかもな。それでも親父に仕事休ませてまで、お前に荷車を用意したんだろ。相当ご執心だと思うがね。俺は」  おそらく、女は父親に魔術書のことは言ってないのだろう。人に貸してはいけないと知っているから。しかも、レイナは事前に知っていたであろう二つのことを、あらかじめカミュに伝えなかった。それは、魔術書が貸し出しできない資料であることと、本のサイズについてだ。  俺は図書館のシステムについては詳しくないが、何度か貸し出しを申請していたのなら、資料がどういう状態か知ることができただろうし、それをカミュに伝える時間もあったはずだ。しかし、レイナは教えなかった。分厚い大型本を5冊、貸出期間中に図書館通いだけで読み切れるわけがない。  そうなれば、どうなるか……。  家に泊まらせたり、荷車を用意して特別に貸し出してやったり……彼女の気持ちが必然的に解けてくる。 「えー!!レイナさんが?僕、女の子に惚れられるの初めてだよ」なんて、カミュは照れ臭そうに言っている。  はあ。まったく……。お前というやつは、村中の人の注目を浴びていることに全然気づいていないし、女の思惑に少しも頭を回さない。やれやれだ。  浮かれきったカミュを尻目にロディの手綱を引いていると、通りすがりに声をかけてくる者がいた。優雅に日傘をさして歩く見覚えのあるご婦人だった。 「あらまあ、イーグルさん!こんにちは」 「あ゛!!ミセス・ケベック……」  参ったと思った。こんなところで会うなんて。最悪だ。 「アレン?……誰?」  年老いた女性が俺に優しく話しかけているのを見て、カミュはうってかわって冷静な顔に変わった。 「この間はどうもありがとうね。本当に助かったわ!」  この村にしては品のある、丸みを帯びた高齢女性が、満面の笑みを浮かべて感謝を述べる。 「ええ、まあ」  気まずいが、沈黙はなおまずい。カミュに疑われる。さらりとかわそうとする俺に対して、婦人はお構いなく続ける。 「あたしは、週に一度デイサービスに通うでしょう?子供一家が旅行中でね、近所に預けることもできないし大変だったのよ。本当に助かったわ」  そんな事情は知らないし、聞く必要もない。  ミセス・ケベックはこの前、俺が初めて受けたクエストの発注者だった。この間のクエストはカミュには秘密にしたいのに。なんてタイミングで現れるんだ。ギルドに登録したことを知ったら、カミュに何と言われるかわからない。これ以上何も言わないでくれ! 「そりゃまあ良かったです……。俺は忙しいのでこれで」俺はそそくさとその場を離れようとするが、老マダムはそれを許さない。 「今度の大会。勿論出るんでしょう?」 「……」胃の腑が凍り、冷や汗が出る。 「大会……」カミュが不審そうな眼付きで俺を見る。俺はまさにたじたじとなる。 「当日の飛び入り参加も歓迎だって村長さんが言ってたわ。あたし、さっきあなたのために訊いてきたのよ。詳細はやっぱり当日にならないと教えてくれないそうよ。頑張って夢をかなえてね。イケメンのアレンさん」 「……夢?」カミュは怪訝に眉をしかめ、ケベックに訊ねようとした。  が、それを俺が抑える。カミュの体を片腕で抱えて、ポンと置物のようにロディに乗せた。無理やりだったが、一瞬だったのでカミュは抗う術もなかった。ミセス・ケベックも俺の荒業と怪力に口をあんぐりと開けて驚いていた。 「ミセス。いろいろありがとう。今日はこの辺で」俺は表情を殺し、抑揚のない声で挨拶すると、ロディを引っ張って村の外へと連れて行った。 「早くしないと日が暮れる。帰って夕飯を作らないとな。お前が言った通り、雲が湧いて雨が降りそうだ。すごいな。どうして天気をあてることが出来たんだ?」  わざとらしいが、俺は突如として話題を変える。雲一つなかった青空が、まだ4時過ぎだというのに薄暗くなってきた。 「え……あ……本当に雨だね」ぽつりぽつりと降り出した雨。  山小屋までは1時間以上かかるだろう。急がないとずぶ濡れになってしまう。 「ああ、あれはね、僕たちの家に巣を作っている燕が低いところを飛んでいたのと、菜園近くの池のカエルが昨日のうちから水面から出てきていてケロケロないていたからだよ」  カミュは、そう言って馬の手綱を引く俺の髪をすっと梳いた。俺は前を向いていて気が付かなかったが、その眼は笑っていなかった。

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