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8-1 夏祭り

 未成年のカミュが朝帰りするという、未曽有の異例事態からさらに数日が過ぎ、俺が髭を剃った日からまる1週間が経過した。  あの日より、村に行くときは髭を剃ろうと決めていたため、今日もすっきりと整っている。出掛けに六芒星のアミュレットを俺の首にかけるカミュも、俺の顔を見て顔を赤らめながらなぜか険しい顔をする。今更なのに「伸ばした方がいい」なんて、自分の気持ちと裏腹なことを言うのだ。  今日は村に買い出しに行く日である。夏真っ盛りで、雲一つない。今日は一日快晴だと、天気を当てられる連れは言う。荷馬車に揺られていると、遠くの方で段雷が3つ鳴った。祭りの開始の合図である。 「今日……そうか。お祭りだったんだっけ」  カミュが呟くように言う。 「ああ。俺たちがここに来て2度目の祭りだな」  三日前にしたケベック夫人との会話を思い出したりしないだろうか、とひやひやしながらも、いたって普通に応える。 「前回は引っ越してきたばかりで、お祭りなんて楽しむ余裕もなかったよね」 「今日は一緒に回るか?」  普段村では単独行動をとり、デートなどしたことのない俺たちが、祭りにデートなんて乙ではあったけど、この夏祭りに行われる大会に参加したい俺はあまりカミュと行動を共にしたくなかった。いつものカミュなら絶対に反対するだろうから。 だが、俺の提案に彼がどんな反応を示すか、やや興味があったので、話を振ってみたのだ。 「んーそうだね。僕、お祭りとか人だかりの出来るところは好きじゃないんだ。アレンもそうだけど、僕たち、人ごみで悪目立ちするじゃない。二人そろうとなおさらね。だから、やっぱり別行動で行こう?今日の市場は混雑でろくな買い物ができないだろうとは思ってるんだけど、ちょっと他にも買いたいものがあるからね。君に付き合わせるわけにはいかないし」  カミュは先日図書館で借りた貸禁の魔術書を1冊小脇に抱えていた。この本は分厚いが脇に挟んで持ち運べるサイズの本だ。魔術の材料でも買うのだろうか? 「そっか」俺は驚いたが、内心ガッツポーズした。 「あ、その顔。アレンはお祭りを練り歩く感じ?」カミュは少し頬を膨らませる。 「まあ、ちょっと様子を見るだけな」顔に出てしまったかと、頭をぽりぽりかく。  カミュの観察眼はなかなかだ。鳥の飛行位置やカエルの鳴き方で、天気を当ててしまうくらいだ。俺の心だって読めてしまうのだろう。子どものくせに侮れない。 「仕方ないなあ……。屋台がたくさん出てると思うけど、お金使いすぎないでね。ちゃんと火を通してあるものを食べるんだよ。生物や変なもの食べるとお腹壊すよ?あと、お祭りを堪能するのは丸太を売ってからだよ?」 「おいおい……」  今度はあっちが俺を子ども扱いする番だった。俺はもうそろ三十路の男だというのに。 「それと、変なおねーちゃんにはついて行っちゃ駄目だからね」  カミュは何気なさそうに繕ってはいるが心配そうなので、俺は目を細めた。 「ああ」俺が女のあとをついて行ったことが、以前にもあったのだろうか? 「ポン引きにあうよ?」俺の目線に気付いたのか、ふっと笑うカミュ。  うーむ。それには異議があるが……俺は以前ポン引きに……?  もし、俺が以前ポン引きの被害にあっていたとしても、多分腕力で解決できそうだが。 「あ、そうか。今日はお金があまりないんだった。僕も材木屋に付き添うから」  思案顔の俺にそう言って、切り替えの早いカミュは俺の腕を取った。 ***  材木屋で丸太と薪を売却し、代金を二人で分けると、カミュは魔術書を片手にバイバイと背を向けてどこかへ行ってしまった。短い時間でも祭りの雰囲気を二人で感じられたらよかったが、俺は置いてきぼりにされてしまった。まあいい。俺だってやることがあるし、と、市場の中心に向かっていく。市場の中心には石畳の広場があり、小さな噴水の前にイベント受付の仮設テントが建っていた。 「こ……こんにちわー」  受付にいた二人の村娘は、俺の巨躯に驚いたのか顔を見合わせた。 「大会参加の方ですか?」と、こちらが何の要件も言ってないのに察したようだ。 「ああ」  俺は参加費の2Gを無造作にカウンターに置いた。 「あのー、念のため確認しますが、プロの方ではないですよね?」 「プロ?」  俺の怪訝な声に、もう一人の村娘が応える。 「はい。今年から職業が戦士や騎士、武闘家など、プロフェッショナルな訓練を受けている方は、参加をご遠慮いただくことになってます……」 「なんでまた?」 「この大会も巷で有名になってきましたし、優勝すると5000Gという賞金が貰えますから、プロ騎士の方が多く詰めかけるようになってしまったんです。でも、村的には一般市民に頑張っていただきたいので~」 「なるほど。だが、俺は木こりだ」 「そうですか。では、身分証を拝見させていただいてもよろしいですか?」 「ほらよ」  俺は、アレン・イーグルと書かれた身分証を見せる。身分証には現在の職業が記されるが、当然そこに騎士等書かれてはいない。『木こり』とはっきり印字されている。 「へぇ……」と、村娘二人はまじまじと俺の顔を見上げた。 「偽造じゃないですよね??」 「あ??」全く失礼な女どもだ。 「いえ。こんなに身体がしっかりしていてお顔も整っているのに、お城仕えしないなんて、勿体ないです。ねー」女たちは頷く。その瞳には称賛の色が映るので、俺は損ないかけていた気分をやや戻した。 「知ったことか」  これからこの大会で知名度を上げて、そういうところに就職するのもいいと思っているわけだが……。 「わかりましたわ。身分証をお返しします。競技への参加登録は終わりました。競技開始は午後2時。集合時間はその15分前ですからお気を付けください。それまではご自由にお過ごしください」受付の女はニコッと笑って、参加証を俺に手渡す。 「ふん」  俺は踵を返して、村中を練り歩くことにした。

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