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8-3 カボチャ投

***  規定のとおり、俺は2時15分前に市場の中央に行くと、すでに参加者と思われる屈強な男たちが集まっていた。人数は15、6人ほど、まだ遅れてやって来そうな感じもする。参加者の周りには、観客の人だかりが出来始めていた。 「ええと、それでは時間となりましたので、参加票をお持ちの方は、2列に並んでください。順番は自由です。これから移動します。競技をご覧になる方も、選手には触れないようにして、ついて来てください。場所をご案内します」  受付の村娘がそう言うと、脇にいた若者が受付カウンターの隣に地図の貼られた掲示板を掲げた。赤く星印のついた地点で競技を行うという。その内容は未だ明らかにされていない。  その場所へは歩いて10分ほどで着いた。農具小屋が一つあるだけの休耕地だ。  先ほど失格になった兄弟が言っていたとおり、縦横約15m四方に藁が敷かれている。  そして、近くに大きな荷車が置いてあり、その上には様々な色の巨大なカボチャが数えきれないくらい乗っていた。少し離れたところに、村長と来賓の席があり、その後方に観客の座る場所がある。 「これから、大会審査員より、ご挨拶及び競技説明をいたします」  ざわつく中、身なりのいい中年男性が仮設の壇上に上がった。 「皆様、お暑い中、バンダリ村の夏祭りにようこそお越しくださいました。夏祭り恒例の力比べ大会は十年前に始まったばかりですが、大好評となっており、毎年、村内外から多くの参加者が集うようになりました。その競技種目につきましては、当日まで公開しないことにしておりますが、一昨年はウェイトリフティング、昨年は腕相撲を行いました。ですが今年は、平凡極まりない競技内容を改め、趣向を凝らしたものにしたいと私どもは考えました。  さて、バンダリ村では、カボチャが名産となっております。大陸内でカボチャの生産量が1位であることをどのようにアピールしようか、ということで、今回はパンプキン投げ競争を行いたいと思います」 「「「おお」」」会場に来てみんなが大体予想していたことであるが、歓声が沸き上がった。 「それでは競技説明を致します」と、別の審査員が壇上に上がる。長くなるので割愛する。  投げる位置は白線で丸く囲われていたし、白線から足が出たり、線を超えたところにカボチャが落ちるとファールになる、という点は砲丸投げと変わらなかった。ただし、巨大カボチャの平均的な重さは30kgということで、砲丸投げの一般的な砲丸より4倍近く重いため、飛距離は望めないだろう。 「15m四方も藁を敷き詰める必要があったのかしら」そんな声も聞こえている。 カボチャは割れないよう配慮され、クッション材として藁が敷き詰められたわけである。カボチャは食用ではないが、記念品として参加者全員に贈られるとのことだった。 因みに賞金については、全国のスポンサーの提供や村出身で出世した百万長者からの寄付と、前年の祭りの利益の一部などから捻出されており、優勝賞金5000Gのほか、2位と3位までは賞金が出るということだ。  投げる順番は、参加票に印字されたナンバリングの数字でくじによるものだった。俺は最後の方だったが、後の方が投げ方のフォームを考えやすく良かったと思った。  荷車につまれたカボチャは十人十色で色形も異なるが、大体30kgの重さという。投げる物の重心なども飛距離に影響するというが、俺も含めて砲丸投げをやったことのある参加者などいないようで、適当に投げては失敗していた。一番遠くに飛ばせたもので6m、平均は2mと大した記録は出なかった。 それもそのはず、戦士や騎士、武闘家といった武術や格闘のプロフェッショナルは、今年から参加できなくなっていたので、数合わせのためか知らないが痩身の村人が数人いた。 驚いたことに俺の髭を剃った床屋の店長もその一人だった。村に転居してきたばかりで、村長に参加を促されたという。彼はふらふらしながらカボチャを投げようとして、足の上に落としてしまいリタイアした。全治1ヶ月だそうだ。  ついに俺の番が来た。木こりの仕事で鍛え抜かれた筋肉を見せようと俺は上に着ていたものを脱いで、上半身裸となった。そして、荷車からつやつやした橙色の巨大カボチャを指の力でもって片手で掴むと頭上に掲げた。それだけで、驚嘆の声が上がる。  白線の内側で片手に持ったカボチャを首元にあてがい、もう片方の手は彼方の方へ指さした。そして、雄たけびを上げながら45度の方角へ力いっぱいに投げた。空高く上がったカボチャは空気の抵抗を受けながら放物線を描きつつゆっくりと落ちていった。それは藁敷きの向こうに落ちた。 「22.5メートル!!」  審査員の張り裂けんばかりの声とともに、観衆の声がどよめきあがった。 *** 「はーん。なるほどねえ」魔術雑貨の店主は、口元をゆがめてカミュを見た。 「……」 「恋人の浮気を疑っているのかしら?」  魔術書のページをぱらぱらとめくり、店主は早速店に散らばる材料を探し始めた。 「う……」カミュはとんと額を棚に当てた。頬を染めて顔を伏せる。 「でも、そういう時は、直接聞くのがいいと思うんだけどな。ま、浮気な男は正直には吐かないと思うけどね」高所の商品を取るため梯子に上りながら、店主は振り返って笑う。 「浮気というか……」 「まあいいさ。もし彼との間に何かあったら、ここにおいでよ。うちが慰めてあげるから」 「ノ……ノルマンさん?」カミュはたじたじとする。 「こんなに一途で可愛いカミュ君に浮気を疑わせるなんて、ひどい男だね。あ、時間あるなら、ちょっとコーヒーブレイクでもしない?いい豆があるのよ」  商品である蝙蝠の羽を片手につまみながら、そのもう一方でコーヒー豆の袋を掴んでいる。何だか気持ち悪い。  と、そこへ、ドアベルがチリンチリンと綺麗な音を立てた。来訪者だ。 「あら、戻ってきたね」どじょう髭をさすりながら、店主が声をかける。 「ただいまです。ノルマンさん」  入ってきたのは、白いブラウスに膝丈の桃色のワンピースを可憐に着こなした、レイナ・サンドレー嬢だった。 「あ、レイナさん」目を丸くするカミュ。 「カミュ君!びっくりした。どうしてここに?」 「買い物だよ。君こそどうしたの?」 「ちょっとしたお使いよ。品切れの商品を町から仕入れてきたの」  レイナは大きな茶色の紙袋をカウンターに置くと、一息ついた。 「まぁアルバイトだよね」ノルマンはウィンクをしながら言った。

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