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*-1 旅の始まり

「アレン……ごめん……」 「……」 「ごめん……許して……」 「……」 「……ごめ」 「俺は……お前を怒っているんじゃない……。気にしないで早く寝ろ」  カミュの謝罪がいつまでも続くので、俺は乱暴にそう言って断ち切った。  俺が逸物から無理やり相方を引き抜いて、セックスを強制終了した件について、カミュは自分が泣いたせいで俺が最後までイけなかったことを謝っていた。謝るくらいなら泣くなと言いたいが、そんなことは口が裂けても言えない。  気分がすぐれないのに無理をしたカミュには腹が立つ。しかし、カミュが無理をしていたのに、しかも寝室に入るまでにその兆候があったのに、気付かなかった。いや、わかっていたはずなのに、気付かないふりをし、気付きたくなかった自分が憎い。  俺は単純にセックスがしたかった。カミュの体を思いやって一週間に一度しかしないと決めたのは俺だが、だからこそ大いに楽しみたかった。  しかし、今夜はカミュの気持ちを置き去りにしてしまった。カミュも体は俺を求めていたはずだが、心の方がついてこれなかった。彼の年頃は身心が一致しないことがよくある。気持ちの伴わない性交はただひたすらに苦痛だ。 「……うん。……寝るね」  ぐすんと鼻を鳴らして、顔を摺り寄せてくるカミュ。散々逐情したばかりだというのに、カミュのフェロモン、というのか甘い香りに下半身が反応して辛い。俺が体を強張らせたので、カミュは体を離して再び謝った。だが、離れるといってもベッドが狭いので、どうせ肩がくっついてしまうのだ。あれが寝がえりでも打てば、嫌でも鼻腔をくすぐられるだろう。 「いいから。寝ろ。それで、明日になったら忘れろ」  具合が悪いのか聞いたが、違うとしか答えてくれない。額に手をかざしても熱はないし、肛門からの出血はなかった。痛かったわけではなさそうだ。 「絶対だからな?」 「絶対?」 「明日になったらケロっと忘れていろよ?俺みたいに二年以上前のことを何も覚えていない男だっているんだ。泣いていた理由は聞かないから、明日になったら忘れてしまえ」 「う……うふふ……。笑っちゃったけど、笑えないよね。うん。忘れる。ごめんね、アレン」 「だから、謝るな」俺の方こそ謝りたかった。 「いつものお前でいろよ」  俺は寝間着に身を包んだ、いつもは気丈で聡い美少年を優しく撫ぜた。 「うん……」  ようやく落ち着いたのか、金色の長いまつ毛に縁どられた大きな瞳が閉じられてしばらくすると、すうすうと寝息が聞こえた。俺はいささかではあるが、ほっとした。 ***  カミュの悲しげな顔は久々に見た。いや、時たま見ることもあるが、それはほんの一瞬だ。俺に気付くと、すぐに表情を和らげる。さっきみたいに、苦しそうな顔をして俺のために泣いているような、そんなカミュを見るのはどのくらい久しいだろうか?  あれと初めて出会ったのはちょうど二年前。暑い夏の夜のことだった。  森の中で目を覚ました俺は、今までの記憶が全くなく名前すら思い出せなかった。カミュは俺に名前を教え、全裸だった俺に服を着せてくれた。服は体のサイズにぴったりだったので、もともと俺の服だったのだろう。  近くの木には幌馬車を繋いであり、すぐ旅に出られるよう準備されていた。枯れた木の枝を薪代わりに沸かしたお湯で、どこで入手したのかミルクを温めて、錫のコップで飲ませてくれた。 「アレン……さん。起きてすぐのところ悪いけど、ここには長くいられないよ。……記憶がなくても僕と一緒にいれば心配はないから」 「心配?」  上唇についたミルクを腕で拭いながら、俺は訝る。この頃はまだ髭は生えてなかった。 「うん。移動用に馬車も用意したし、僕を信じて」  手桶に汲んであった水をかけて焚火を消火し、靴で燃えがらを踏みしめると、カミュはこちらを向いて力強く言った。 「信じるも何も……俺はどこから来て、なぜここにいて、どこへ行けばいいのか」 「大丈夫。僕についてくれば絶対に危険な目には遭わせないから」  小さい手が俺の手の上にかかる。まだほんの子供なのに……大人びて見えるのはどうしてだろう。  俺はカミュに言われるがままに幌馬車の荷台に乗り込んだ。中には長持ちが一つ乗っていたが、私物だから触らないでと言われる。そして、「疲れているだろうから、僕が起こすまで休んでいて」とも。  カミュが馬車を先導して森を抜けると、そこは小高い丘の原だった。幌から顔を出すと眼下の左遠方に赤い光が見えて、俺は驚いて声を上げた。 「あれは……なんだ??」 「……村だよ」 「燃えている!火事か?」  赤く揺らめく光は炎だった。一帯に燃え広がり、上空に煙が立ち上がっている。 「……」背を向けて馬を御するカミュの表情は見えない。 「行けば助けられるかもしれない」俺は幌から身を乗り出していった。 「助ける?」カミュは振り返って目を丸くして俺を見る。 「火に囲まれて逃げられなくなった村人がいるかもしれない。俺達が行けば、消火できるかもしれない」  少年がうんとでも答えるならば、俺が馬車を操縦して救助のためにあの村へ行こうと思った。 「できないよ……」少年はぽつりと言った。 「村は壊滅したんだ。……魔物に襲われて。逃げた人はいるだろうけど、たくさん死んだ。あの状態で消火もくそもないよ。全てが焼け落ちて灰になれば火も消える」  魔物が村を襲った?にわかには信じられなかった。俺たちもあの村から逃げてきたのだろうか。記憶がないが、カミュはそれについて何も教えてくれなかった。 「だけど、助かる命が」 「ないよ!」カミュは断固として否定した。俺はその声の大きさにビクッとした。  車輪が石に乗り上げて、馬車が揺れる。その拍子にカミュの胸に俺の顔がぶつかった。 「すまん……」俺は荷台に体を戻す。 「村は滅んだんだ。終わったんだよ……」 「……」 「アレン…さん。もう行くところは決まってるんだ。安全な所。日の上る方角に向かうよ。あちらにはまだ、平和な村があるんだ」  少年は炎上した村とは真反対を指さして言った。まだ、という言葉に何か引っかかるものを感じが、今はカミュに従うしかなかった。

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