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*-3 出航

 そのとき俺は、カミュが魔法を使えることを初めて知ったのだった。言われてみれば、野宿をするとき俺が枯れ木を集めてくると、すでに火種が用意されていたし、火の始末をするときも消火用の水を用意していたわけでないのに気付けば完全に消されていた。他にも手作業でわずらわしさを覚えるようなことが、時短で済まされていたことが何度かあった。  彼は一般教育を受けていないが、旅すがら魔法使いの冒険者や村の図書館などから、魔術の知識を得たという。魔術に関してなら初等教育修了くらいの能力はあると自負していた。  魔法というものの存在は、全ての記憶を失っている俺も人々の会話などから薄々感じ取っていたが、俺が使えるわけではないし、今まで特段目にしたことがなかった。無論、見たことがないというのは記憶がなくなってからであるが。  隣の大陸には魔術師がたくさんいると、先の会話でカミュが言っていたが、どうやらこの大陸には少ないらしい。いたとしても、ペガスス大陸からの遠征隊や冒険家など外部の人間だそうだ。だから、カミュは珍しい存在だ。  カミュの過去について詳しく話を聞けば、彼はドラコ大陸の口先の方から、両親と一緒に二十人ほどで構成される隊商に属し、大陸を横断しながら行商をしていたとのことである。家族はいないと聞いていたが、両親は隊商もろとも死んだのだという。聞きづらくはあったが、どういうことだ?と俺が問うと、魔物に襲われてあっさりと皆殺しされてしまったという。生存者はカミュ一人だ。 「魔物?どういう魔物だ?」 「それは……わからない。僕も気を失ってしまって……。気がついた時にはすでに」  カミュは目を伏せた。無理に聞き出そうとしたことを俺は悔いた。 「とにかく。アレンさん!この大陸は魔術師がいないわ、強い魔物がいるわで、文明的にも立ち遅れている。隣の大陸ならいろんな仕事があるだろうし」  文明文明と彼は言うカミュに対し、俺は疑問に思った。これまで通りすがった村に、俺は立ち入ってこそいないものの、生活に必要なものは最低限揃っている、至って普通の村だと思った。だからこそ、カミュは村から食料などを入手できたのだろうし、そこで生活している者にとっては、“住めば都”のようにしたい大切な場所ではないかと感じた。 「……仕事というんなら、この大陸にもいくらでもあると思うんだが。魔物を退治して、村の治安を守ることも仕事のうちだろ?俺ならこの体を活かして用心棒とか出来るだろうし」 「それはだめ!ぜったいにダメ!!」  カミュは俺の言葉を聞くなり、テーブルを叩いてすごい剣幕で否定したので、俺は拍子抜けしてしまった。食べ終わった料理の皿を全部下げた後だったので良かったが、もし食後の紅茶でもいただいていたら、ソーサーごとひっくり返っていたかもしれない。 「どうした……いきなり」俺はごくりと唾をのんで聞き返す。 「この辺りは野蛮な地域なんだ。アレンさんは剣士ではないし、戦えるわけない!そんな仕事は合わない。絶対に!」  カミュの言葉に強い意志を感じて、俺は頷くしかなかった。  その後、二人の話し合いは散会し、俺は屋外の仮設シャワーを浴びにいった。お湯は出なかったが久しぶりの沐浴は大変気持ちの良いものだった。体の至る所にこびりついていた塵芥や汗、垢が水流とともに洗い流されていく。それだけでは足りなくて、灰を固めて作った石鹸とタオルを使って、体の隅々をごしごしと磨くと、毛穴や肘・膝・脇の内側などにたまっていた老廃物などが取り除かれたのだろうか、清々しいまでに身軽になった。  俺が部屋に戻ってくると、暗くなった部屋に蝋燭をつけてカミュが一人書物を読んでいた。長持ちにしまってある彼の私物だろう。顔を上げると、カミュは微笑んで本を閉じた。 「アレンさん、明日は早いからもうお休み。僕もこれからシャワーに入るから」 「ああ」俺が首肯すると、カミュはたちまち部屋の外へと出て行った。 ***  船室に荷を積み終え、俺は船の甲板で鳥にエサを与えていた。昨日のカモメかは知らないが、俺の周りにたくさん寄ってきた。  俺たちの荷物は長持ちひとつと手提げかばん2つ。運び込むのはそこまで大変ではなかった。幌馬車は馬ごと売り飛ばしたが、それなりの金額だった。大陸を渡った後の旅費になるのだろう。遠目にカミュが船員と話しているのが見えた。船員はカミュの言葉にうなずきながら、二人して俺の方に近づいてくる。 「この人が僕の兄、アレンです」 「え」俺は驚いて目を見張る。 「そうですか。よろしく」船員は立ち止まり、ほんの少し俺に視線を止めたが、会釈して再び歩きすぎていった。 「兄って……」 「ここでは、とりあえずそういうことにしておいて」と、カミュは俺に囁くと、肩に下げていた鞄から何やら取り出した。   「それと、これ。君の身分証だから。一応見せとくけど、自分で保管する?僕が持っていてもいいけど、船員に確認されるかもしれないし」 「ああ。じゃあ乗船中だけ携えとくわ」  俺は受け取った。それは先日村ギルドの登録時に差し出した身分証だった。顔写真が鮮明にプリントしてあり、名前や生年月日、出身地、住所、職業等の記載欄は全て事細かに印字されていた。俺の出身地は……と見てもやはり地名に心当たりがないし、職業欄には無職と記されていた。 「無職って……俺、記憶がなくなる前は無職だったのか」ショックを受ける俺。 「そんな他愛もないこと気にしなくていいよ。大陸を渡れば住所だって変わるし、仕事もすぐに見つかる。そしたら、変更の申請をするだけだもの」カミュはくすくすと笑いながら言った。

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