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*-11 野ウサギ

***  先の真夜中の騒動から、さらに数日が経った。晩秋の肌寒い日のことだったが、俺はいつもの日課で早朝から針葉樹の深い森に行って、大木に斧を振るったり、小屋のそばで薪割をしたりと作業に勤しんでいた。  あの夜から変わったことは特にない。と言いたかったが、先っぽだけとはいえ体の関係を持ったため、お互いが若干意識していることは否めなかった。 出血したカミュは自家製の怪しげな薬を飲み、翌日はケロリとしていたけれど、激しい運動はしないよう注意した。あれの場合は俺を心配させないために元気なフリをしていた可能性もあるが、その頃の俺は気づかなかった。  それと、どういうわけか、あの夜から角を生やした女がパタリと夢に現れなくなったので、ほっとしていた。やはり成人した男は長らく性交渉をしないと錯覚でも見てしまうのだろうか。先っぽだけだけど、幻覚から解放されるご利益はあったようである。  閑話休題、小屋の暖炉や(かまど)、風呂のための薪の蓄えは十分にあり、今割った物は商品である。明日になればカミュと村に買い出しに行き、その際に売って資金源とする大切な薪である。  俺は肉体労働で火照った体から蒸気を発しながら、小屋に隣接した納屋の在庫を点検した。  買ったばかりだが中古で古びた工具や農具が狭い納屋の壁に立てかけてある。若干の錆があるが安いし使えないことはないと、言い値からさらに半額に負けさせて購入したものだ。  カミュが料理するのに包丁が欲しいと言ったときも、錆びだらけの安価な包丁を買った。新品を買わなかったと閉口されたが、抱き合わせで買った砥石で錆びをこそげ落としてやると、伝説の剣エクスカリバーと思えるほどにつやつやと輝いていて、あれも驚いていた。見た目だけでなく、どんなに硬いイノシシ肉でも5ミリ厚で簡単にスライスできるから、実も兼ね備えている。  冬に始まる本格的な伐採作業に向けて、値切りつつも良いものには大枚叩いて農工具や増築用建材を揃えていたのだが、視線を移すと食料が尽きかけていることに気が付いた。  ここに来る前にいたドラコ大陸は冬でもそこまで寒くないそうだが、この辺りは冬になると氷点下まで落ちる日もあり、路面の作物はろくに育たない。魔法大学や研究施設などのある城下町、つまりペガスス中心部には、魔力を使った温室が郊外に立ち並んでいて多種多様な野菜や薬草が栽培されているそうだ。しかし、それらをバンダリ村まで運ぶにしても馬車で二、三日は余裕でかかるし、魔法と運搬のコストもかかって大変高価になってしまう。  同じく奇特な魔術師が辺境な土地で温室を経営して、高値で作物を売ろうと画策することがあるが、大抵は上手くいかない。貧しい土地の住民が買える値段に落とせるほど、費用を安くできないからだ。田舎には、薪を焚いたボイラーによる、魔法を使わない温室もあるにはあるが、やはり日照が不足しがちで出来は悪いし、物も高い。  というわけで、必然物価が高くなる。薪の需要も高くなるので俺たちの収入も増えるが、市場において新鮮な作物の供給は途絶えがちになり、貯蓄できる根菜類や燻製肉などに関しても俄然値が上がる。ようするに先週の買い出しでは、食料が十分に買えなかったのである。  そのとき、俺はまあいいかと思ったのを覚えている。尽きれば尽きたで山にいる獣を獲ればいい。葉物の野菜は流石にないが、じゃがいもは大量に蓄えがあるので、昼と夜はそれを齧って明日の買い出しまでやり過ごそう。俺は床にうつ伏せにほっぽってあった平底のザルにじゃがいもを5,6個放り込むと、小屋に戻った。 「おかえり。アレンさん、早かったね」  カミュはまだ11時前を指している時計を見て言った。 「5時過ぎから作業しているからな。今朝はいつもより早く起きちまったからな」  冷え込んできたせいだろう。日の出より先に目が覚めていた。仕事は早く始めた方が終わるのも早いから、俺は起床とともに作業を開始することにしている。その頃カミュはまだぐっすりと眠っていた。半月前に買ってやった分厚い羊毛布団を重そうに抱え込んで、狭いソファーで寝返りを打とうとしていた。  当初は何度もソファーから落ちたというが、今ではうまく納まって寝られているようだ。広いところで寝かしてやりたいが、俺のベッドも一杯いっぱいで二人が寝るには窮屈だ。それに二人一緒に横になったら変な気分になる。なにしろ、先端だけでも繋がった仲なのだから。早くベッドを買ってやるかしてやりたい。だが、その前に食料だ。 「あ、じゃがいも持ってきてくれたんだ。僕まだ作り始めてないよ。……けど、食材はあるんだ」  カミュは視線を下方に向けた。 「ん?」  視線の先を追いかけると、床を動き回っているものに気が付き、びっくりして跳ねた。  そこには一羽のウサギがいた。 「アレン。気付かなかったんだね。まあ無理もないね。テーブルの下にいたから」  少年は俺を驚かせたことに心なしか嬉しそうにして、ウサギを抱き上げた。無理やり抱えられたため、野ウサギは足をばたつかせ抵抗する。 「それ……なんだ?ペットにするのか?」  カミュがウサギの頬を自分の顔に擦り付けて喜んでいるから、ウサギを飼いたいのかと思った。 「ペット?違うよ。僕たちのお昼ご飯にしようと思って……ほら、もうお肉ないでしょ?明日買いに行くけど、市場で買うお肉は高いし……ジビエの方が栄養価も高いかなーと思って。野をいっぱい駆け回ったウサギだもの。きっと美味しいね」 「どうやって捕ったんだ?」 「罠を仕掛けて捕ったよ。黒魔法スキル2くらいの大したことない魔法の罠だけど、昨日の夜に仕掛けてさっき見にいったら掛かってたんだ。初めて捕ったんだ!僕ってすごくない?」 「……」  褒めてほしそうなカミュに対し俺は険しい視線を送るが、カミュはウサギの耳を掴み上げて俺を見ずに話し続ける。 「勿論、君も食べるよね。丸焼きでバターソースに絡めて、じゃがいもといっしょに食べたら絶対に美味しいよ!これから毛をむしってくるね!」  俺はカミュのその物言いに困惑し、数秒口を閉ざして考える、というより心の中で感じたのだが、矢庭に彼の手を握った。 「あ……」急に手を握られて頬を赤らめる少年。  その手から、俺はウサギを奪った。 「アレンさ……ん。それは僕の獲物だよ。見てもいいけど返して?」 「駄目だ。こいつは逃がす」

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