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*-12 殺生禁止令

「え……どうして?」カミュはきょとんとしていた。 「……お前はこんなことをする必要はない」 「こんなこと?」 「お前はまだ子供だし、ウサギを捌くだのしなくていい。いや、子供だからとか関係なく。そういう仕事は俺がする」  俺は奪った野ウサギを床におろすと、ソファーに凭れた。ソファーからは、カミュの甘い香りがする。ウサギは地面に足が着くなりダッシュで部屋の隅に逃げて行った。 「そういう仕事って、……どういうこと?」  少年は腕を組んで怪訝そうに訊ねた。 「だから、お前はこの野ウサギを絞め殺して(さば)くつもりだったんだろ」 「うん。僕が獲ってきたからね!」  嬉々として答えるカミュ。初めて獲物を捕らえたことが、よほど嬉しかったのだろう。 「そういうことは、すべて俺がやる。……猟師でもあるからな」 「手柄を横取りするってこと?」  カミュはキっとした目つきで口を突き出していった。 「そうじゃない。ウサギは逃がすと言ってるだろ」 「も……もったいないよ!!ど、どうして逃がすの?」目の色を変え慌てて叫ぶが、俺の意志は変わらない。 「お前にはこういう……命の取り合い、というか、つまるところ殺生(せっしょう)はして欲しくないんだ」 「殺生?」 「そうだ。お前は大事な人の死を見てきたんだろ?」  カミュが属していた隊商が魔物に襲われて全滅したということを聞いたとき、この子は残酷で悲惨な光景を目撃し、少なからず衝撃を受けたのだと俺は思った。命の大切さや儚さを知っているならば、食料になるものだろうと命を絶つことをさせたくなかった。それが弱肉強食の世界の掟だとしても。……俺の独りよがりかもしれないが。 「……大事な人??……そうだね」カミュは顔をこわばらせ目を反らした。 「でもそれとは関係ないよ。腹がくちくなって、食べるために命を奪うことが、なんだっていうの?しょうがないことじゃない!……わかったよ。僕は殺さないから、君が手柄を立てていいよ」カミュは至極正論といえることを言うと、エクスカリバーのような輝きを放つ包丁を渡そうとする。俺は断固首を振る。 「だから、そういう問題じゃないって言ってるだろう?とにかくウサギは逃がす」  そう断り、俺はわざわざ部屋の隅に縮こまっていたウサギをたやすく捕まえると、カミュが反論の追い打ちをかける間を与えずに、ドアを開けて逃がしてしまった。 「あー!あー!アレンさん、今日のお昼どうするんだい?夜ごはんも明日の朝ごはんもだ。それに買い出しに行って、食べ物がみんな高くて一週間分買えなかったら?また、ひもじい思いをするんだよ?僕は今後罠を張っちゃいけないわけ?」 「そうだ。罠だけじゃない。お前は殺生をしなくていい。殺しは俺がやるから」  カミュはあんぐりと口を開けたまま、ものの数秒固まった。 ***  結局、昼食はじゃがバターのみとなった。  カミュにわんわん言われて、食後、俺は手製の弓矢で狩りに行ったが、当ては外れて獲物はゼロだった。冬に向けて、ある動物は冬ごもりしていなくなり、活動している動物も俊敏となり、動きを追うことはできても手製の弓矢では命中できなかったのだ。  案の定、俺はカミュに不満をぶちまけられ、テーブルを指で小突かれる音を聞きながら、夕食のジャガイモ炒めを口にほおばったのだが、カレー粉で味付けされて粉パセリがかかっており悪くなかった。食べ続ければ飽きてくるが、仕方ない。野ウサギのことを思い出さなければ、質素だが工夫されたディナーだった。  カミュはむすっとしながら食べていたが、完食した俺は不意にあれの肩に手を回した。少年は体をびくんと震わせる。 「で、まだ痛いのか?」俺は顔をやや俯かせ上目で相手をうかがった。 「え……」 「まさか忘れてないだろうな」カミュの手を取る。室内にいるくせに冷たかった。 「いや……あの……」途端に顔が紅潮する。  肛門の出血について訊かれていることに気付いたのと同時に、先日の夜に交わした約束についても思い出したのだろう。 「……」俺はあいつの手を優しくさすった。さすったところから、熱を帯びてくる。 「今夜は駄目」  カミュは細く鳴くように言った。 「……どうして?」 「まだ……少し痛いし、それにもっと勉強したり、買わなきゃいけないものがあるから」 「勉強?それに買うって何を?」 「い……いろいろだよ。僕たち、男同士のセックスについてわからないことだらけだから、図書館に調べに行くんだよ」 「そんなことが書いてある本なんてあるのか?」俺は驚いてカミュの顔を見入った。 「……多分あると思うよ。さすがに借りられないけど、明日はそれを立ち読みしてくる。それと、必要なものがあったら調達するから……。この計画は恥ずかしかったから、アレンさんには話せなかったけど」 「ふーん。じゃあ明日になったら準備が整うわけだな」 「うん。で……できれば、アレンさんにも調べてもらいたいな?……あの日みたいに無知のまま、まぐわって痛い思いをしたくないから。一緒に図書館行く?」  カミュはうつむいて赤面しながらもじもじと肩を揺らす。 「俺が?俺は別にお前じゃなくてもいいし……。お前が相手出来ないなら、他の誰とやったってかまわない」定期的に精さえ吐き出せれば。 「……」カミュは俺の言葉に唖然としている。 「今夜、村に行ったっていいんだぜ?」何をしに行くかは自明である。 「そ……そんなこと、言わないで。ぼ、僕が悪かったよ」  脅し文句にカミュは急に泣き出しそうな顔になり、謝罪と懇願をすると、ジャガイモを残したまま皿を片付けようとした。俺はそれを止めて残り物に手を伸ばす。 「……がっついてんだから」険しい顔をしながら、ぼそっと呟いたのを聞き逃しはしない。

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