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*-13 少年の不安

「ふん。勿体ないだろ。少しでも食べておかないと、明日辛いぞ?」  カレー風炒め物の残骸を口に運ぶと、カミュはいじましそうに俺を見た。 「僕が獲ったウサギがあったら、きっと全部平らげてたよ。じゃがいもごとね!……話を戻すけど、今後も僕は獲物をしとめちゃいけないわけ?」 「ああ。そうだ。……なんつったっけ、人を害する魔法?」 「……黒魔法のこと?」カミュは怪訝な顔をしておずおずと答えた。 「そうだ。それは使わなくていい」 「はあ?全く使わないのは無理だよ!火を起こしたり、部屋を明るくしたり、水や氷をちょっと使いたいときに重宝しているんだ。これがないと本当に不便な生活を強いられるよ」  暖炉だってお風呂だって、火をつけるのに魔法は重宝していると、彼は説明した。水や氷を出しているシーンなんて見たことはないが、もしカミュが手から水を出したとしても、それを飲んでみたいとは思えなかった。でも、ないと不便だということは伝わった。 「……わかった。譲歩してやる。怪我させたり、殺したり、壊したりすることを禁じる」  俺は傍らに出されていたワインボトルのコルクを抜いた。カミュの残り物を食べ終え、赤ワインで流し込もうとしたのだった。流石に二人前のじゃがいものカレー味炒めは、食傷してしまう。酒を買わなければ、その分食料が買えたかもしれないとは思わなかった。 「生け捕りも?」 「勿論だ。俺が手にかけるものは、生け捕りだろうと何だろうと俺が獲ってくる。……俺のものになるつもりなら、これくらいは守れ。汚れた仕事は俺がやるから」 「汚れているだなんて、アレンさんの偏見だと思うけどなー。それに、もしアレンさんがいなくなっちゃったら、僕はどうやって生きていけばいいの?」  カミュの突然の話題転換に俺は頭をひねった。 「いなくなる?俺が死ぬってことか?それとも蒸発するとか?そうなったら約束は解消だ。当たり前だろ。だが、命を奪わなくても生きていく手段はあるだろう?お前みたいに頭が良ければ、大人になりさえすればどこかに勤められるんじゃないか?……てか、俺が死ぬかもしれないなんてこと考えてるのか?」 「違うよ!そんな……」カミュはそっぽを向いて俯いた。 「違わないだろ」納得がいかず、あれの伸びた後ろ髪を引っ張る。 「ち、違う、違う、違うよ」と必死で否定されるが、 「……お前、いつもだったら罠を仕掛けたりしないだろ。外の作業は俺に任せきりで、家事をするのがお前の仕事だろ。暇なときは本ばかり読んでいて……なんで今日ウサギを獲った?」 「それは……だって、納屋に食べ物がなかったから」細いうなじをさすりながら不安げな面持ちでこちらの出方をうかがっている。 「それだけの理由か?」 「え……」  そのとき俺は初めて、カミュが俺に捨てられないために身を売るつもりなのではないかと、ようやく気付いたのだった。カミュは「一人にしない」でといった。たしかに、俺が村に行っている間、短時間ではあるがカミュを一人にさせてしまうだろう。だが、村で女を買ったところで、翌日には小屋に戻ってくるし、カミュとの生活をやめるつもりはない。  しかしながら、カミュにとってみれば、血の繋がりのある身内もおらず、唯一恩を売っておいた記憶喪失の俺に捨てられたら、この先どうやって生きていけばいいのか、恐ろしく不安なのだろう。  これが船長の言っていたことなのか?「守ってやれ」とはこういうことなのか?この少年は俺に捨てられないためならば、体さえも売るつもりなのか。  この間は、俺を引き留めようと体の相手を務めるなんていって、結局怪我を負ってセックスできなかったけれども、そのせいでカミュが負い目を感じているとは考えられないだろうか? 「この前のことが原因か?最後まで出来なかったから……」 「ア……アレンさん、ち、違うよ!!納屋に行ったら食べ物が少なかったから、少しでも力になれたらと思って……」  カミュは立ち上がって、両手を振り顔を真っ赤にしながら弁解しようとしているが、その必死さが余計に疑惑を呼ぶ。  ——お前には普通の少年として生きる権利があるというのに。俺が女を買うことに納得しさえすれば、捨てられるなんて怯える必要なんてないのに。 「……別のことで償おうったって無駄だからな。獲物を狩るのは俺の仕事だ。仕事を横取りするってことは、自分で稼げる、つまり自立できるって言ってるようなものだ。今度、殺生なんかしようものなら、縁を切るからな」  俺も俺で思ったことを素直に言えず、しょうもない脅し文句など吐くから、カミュは顔を赤くしたり青くしたり、可哀そうなほど動揺している。 「え……縁を切るって。そんな……」  少年は顔面蒼白になって、唐突に床に泣き崩れてしまった。今度は俺が慌てる番だった。この子は気丈な時と気弱な時の落差が激しすぎる。 「だ、大丈夫か?最後のは強く言い過ぎたが、お前は言いつけを絶対に守るだろうし、気にするようなことじゃないだろ?」  俺は上体を起こしてやり背を優しくさすってやった。カミュはめまいがするようで、手の甲を額に当てて俺に凭れていたが、 「……うん」と力なく頷いた。

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