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*-18 後悔

***  あれから三日が過ぎた。  しかし、どうしたことかカミュの意識は戻らなかった。翌日の昼過ぎから熱が高くなり、青ざめていた顔が赤みを帯びた。浅い吐息をしながら、うんうんと唸り、時折歯ぎしりをしたり、激しく痙攣したりと、俺は彼のそばから離れることが出来なかった。額に手を当てると焼けるように熱く、揺すっても苦しそうに呻くばかりで目を覚ます様子はない。肛門に負った傷から黴菌が入ってしまったのだろうか?だとしたら、大変なことだ。  このまま目覚めることなく死んでしまうんじゃなかろうかと俺は怖くなった。村から医者を呼んだ方がいいのだけれど、訳を話さなければならなくなる。肛門からの出血はすでに止まり、外観からは怪我の個所がわからないが、事情を話さなければ治療もできない。それは、俺にはとてもじゃないが白状できそうになかった。  だが、少年の体中にキスマークが残っており、人を呼べばすぐに露見する。自供するまでもなく、肛門性交の痕跡を発見されて、当然のごとく未成年虐待と暴行の罪で捕まるだろう。村に引っ立てられて、村人からは同性愛や児童性愛の変態と見なされ、石を投げられる。そんなことを恐れる卑怯者だった。  あと一日待ってカミュが目覚めなければ、逮捕覚悟で医者を呼びに行こう、と一昨日くらいから考えていたのだが、そんな勇気は毛頭なく……我ながら情けない気持ちで一杯だった。どうしてこんなことになってしまったのだろう?と、俺は鬼畜生のような性欲を呪った。  俺自身食事も喉を通らず、カミュにつきっきりで体を拭いたり、水に浸した脱脂綿を口元に置いて喉を湿らせてやったり、世話をしていたが、先のことを考えると絶望的で気が気でなかった。  このまま彼が死んだら、俺が殺したことになるのだろうか?挿入直後に彼に惚れこんでしまった俺は、ただひたすらに愛したかっただけだった。無理強いしたばかりにと後悔ばかりが押し寄せる。合意のもとに始まったセックスのはずだったのに、カミュはあまりの苦痛に途中で拒絶した。そこで辞めていれば、彼は傷つかずに、否、最小限の傷で済んだのではないか?  そもそも、カミュは俺とのセックスを望んでいたのだろうか?俺に女遊びをしてほしくないがために、身代わりに体を売ったのではないか……。好意からくるセックスでないとしたら、俺はなんとむごいことをしたのだろう。悔やんでも悔やみきれない。 「カミュ……」  知り合ったのは半年前と日は浅いが、彼のくるくると変わる表情が脳裏に浮かんでは消えていく。満面の笑顔や微笑み、思わせぶりな挑発顔、博識を鼻にかけた物知り顔、恥ずかしがっているときの顔、何かに夢中になっている顔、不満を垂れている顔や年上の俺にさえ噛みつくように怒るときの顔がふっと表れては薄れていく。それは見慣れていて安心が出来て、カミュのことはもう何でも知ったような気がしていた。あいつは俺のことを何でもわかってくれていたから。  いくつもの顔の最後に、涙を流して苦しむカミュの顔が見えた。  ——ああ、性交のとき、あいつは確かに苦痛に喘いでいた。  俺はどうして自分の快楽を優先してしまったのか。記憶を失い目覚めてから、ずっと俺を先導してくれた命の恩人に、こんなむごいことをした俺は地獄に落ちるべきだ。 「ゆるしてくれ……」 カミュが最後に意識を手放す前に連呼し、俺が聞き入れなかったその言葉を、今度は皮肉にも俺が呟いていた。ベッドに手をかけて跪きながら、心が苦しくて涙が溢れた。俺はバカだ。こんな年端もいかない稚児に手を出して、命まで奪ってしまうなんて……。おいおいと声を出して泣きそうになった時、布団から出ていたカミュの指がピクリと動いた。 「カ…カミュ?」 「……ん」  片方の瞼を震わせたかと思うと、ゆっくり眼を開いた。ヘーゼル色の瞳はやや充血していたが、眼球をしきりに動かし、室内にいることを確認しているようだった。 「カミュ?意識が戻ったのか?」俺は彼を覗き込んだ。 「……ア……アレン……さん……」 「ああ……良かった……」俺は彼の手を握り締めて言った。 「う……」カミュは体を動かそうと力を入れ、痛みが走ったのか顔をしかめた。 「どこか痛むのか?」 「……何日経った?」問いかけには答えずにカミュは俺を見上げながら、掠れた声で訊ねる。 「3日……」 「……ぼく……くすり……飲んでないよね……?」 「くすり?」俺は目を丸くした。 「キッチンの……洗い場の……上の戸棚に、塗り薬と…錠剤の小瓶があるから持ってきて?あと、タライと……出来れば水差し、綺麗な布巾……いっぺんに頼んじゃって、ごめんね?」  カミュは今しがた意識を取り戻したとは思えないくらい、たくさんの指示を出して、終わると長い吐息をついた。 「ああ、取ってくる。キッチンに薬があるんだな?」  言われたものを用意すると、カミュは自分で手当てするから、しばらく寝室に入らないでくれと言った。しばらくってどのくらいかと訊いたら、20分くらいと答えが返ってきた。

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