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*-19 ゲームオーバー?
時間が経ち俺が恐る恐る部屋に入ると、カミュはやはり横になっていた。赤ら顔でまだ熱があるようだ。ドアの開閉音でカミュはぴくっと体を震わせた。
「自分で手当てしたのか?」
「うん……。あの……これ……処分して?汚物だからあまり見ないで……」と、目線でベッドの脇に置かれたタライを示した。中の布巾は赤黒く染まっている。
「わかった。……茶、持ってきた」
俺はそれらに目をくれず、紅茶を差し出した。本当はホットミルクを作ってやりたかったが、新鮮な牛乳はなかったので紅茶を入れた。
「ありがと……」カミュは紅茶を受け取ろうと上体を起こそうとしたが、痛みが走ったのか体を強張らせた。
「……大丈夫か?」
「冷めたら……アレンさん、僕に飲ましてくれる?」カミュは力なく微笑む。
「わかった」
起き上がるのが無理そうなので、脱脂綿に含ませて唇のところで絞ってやろうと思っていると、
「アレン……さん。僕、もう子供じゃないよね?……あなたのものになったんだものね」
「ああ……そうだよ。……ごめん……カミュ」俺は頷いて、それから涙を流して謝罪した。
「え?ごめんって何が?」長いまつ毛をしばたかせて、カミュは優しく俺に訊き返した。
「お前を傷つけて……」
愛しすぎて、お前をこんなにしてしまったのに、カミュは責める気配を微塵も見せなかった。
「約束したことだもの。無知だった僕が悪かったよ……。あのときの僕はまだ子供だった」
カミュは手を伸ばして、俺の髪を撫でてきた。その仕草が聖母のように神々しかった。
「正直、このまま死んでしまったらどうしようかと思った」
俺はカミュの枕元に口づけしながら、犯した罪から逃げようとしていたことを仄めかした。
「僕が死んだら?……僕が死んだら、アレンさんもゲームオーバーだよ」
「ゲームオーバー?」
「そう……。……今、炎症を抑える薬を塗って、痛み止めの薬を飲んだ。体から毒素が抜けるまでにしばらくかかると思う。手当てが遅れた分、まだ油断はできないよ。熱も高いし……自分で言うのもなんだけど……」
「カミュ……!」
薬の存在すら知らずに、自分のことを心配するばかりで、ほぼ何も出来ていなかった俺は自分を殴りたい気持ちになった。
「まあ、多分大丈夫だよ。意識も戻ったし……」
カミュはそんな俺の気持ちを察したのか、肩をぽんと勇気づけるように叩いた。弱っているせいか力がないが、優しさだけは感じた。
「……ご飯は?いるか?」
「ううん……またしばらく眠るよ……。アレンさん、まだ食料はあるんでしょう?村には…行かないよね」カミュは不安げに俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、しばらくは」俺も食べてないし、食料は余っている。それに俺の悪事がばれそうで、村にひとりで行く気が起きない。
「心配したろうね。こんなにやつれて……アレンさんもちゃんと食べるんだよ?」
カミュはくすっと笑って、俺の顔を手でこまねくと口元にキスをした。
***
「……」
ちゅんちゅんと、外で鳥の囀る音がする。カーテンは光を遮りきれずに、瞼の裏がまぶしい。足元のドアの方から、パタパタと足音がして、火のはぜる音と野菜を切る音、肉か何かを焼いている芳ばしい匂いがする。
「……っ。今何時だ?」
うっすら目を開けて、伸びをしようとして枕元の壁にぶつかる。隣にあいつはいない、当然だが。上体を起こすと汗ばんだ俺の半裸が対面の鏡に映った。と、ドアをどんどんと叩かれる。
「アーレーンー!いつまで寝てるの?ご飯だよー」向こうからあいつの声がする。
ダイニングルームのテーブルには、すでに朝食が乗っていた。ベーコンエッグにソーセージ、トマトサラダ、玉ねぎのスープにバゲット。コーヒーなど温かいものは、出来たてで湯気が湧いている。わきには、昨日買ったばかりのリンゴやマスカット、メロンなどもきれいにカットされて小皿に盛り付けられていた。バゲットに付けて食べるピーナッツバタークリームも添えられている。
「遅かったね。アレン。こんな遅くまで寝てるなんて」
カミュは両手を腰に当てて、不満げなのかと思えば、顔はへらへらと笑っていた。時計は11時を指している。お昼の時間といってもいいくらいだ。
「起こしてくれてよかったんじゃないの?」俺は不貞腐れて言った。
「まあまあ、僕もすることがあってね。君も昨日の大会とかで疲れてたんだろうね。人疲れもしただろうし。ぐっすりだったから……」カミュはややなだめるように言った。
昨夜のことは、どうやら無かったことにしているらしい。セックスの途中であいつがなぜか急に泣き出してしまったところを、俺がセックスを強制的にやめさせて就寝したという訳だった。ずっと謝り続けるものだから、明日になったらきれいさっぱり忘れていろと言ったが、相手もそのつもりらしい。罪滅ぼしのためか豪勢な朝食を作りおって。
一方の俺は、長い夢を見ていたために遅い起床となったが、昨晩のことは忘れたふりをしておこう。
「寝顔が可愛らしくて、そのまま寝させておいたら、この体たらくだよ」
「寝顔が可愛いって?」俺は若干どぎまぎしながら訊いた。それはこっちの台詞だろう。
「そうだよ?アレンさんの寝顔。僕、好きだよ。たまに寝言も言うし……」
「ど……どんな?」
「それは秘密」カミュは顔を赤らめて、口元に人差し指を当てて微笑んだ。
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