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9-2 影の呼び寄せ

「一体どういうことなんだ?」  俺はカミュをソファーに座らせ詰め寄った。しゃがんでいる俺の周りには5頭もの大型犬が舌を出してせわしなく息をしながら、遊んでほしそうに尻尾を振っている。 「う……ごめん」カミュは顔をしかめてうつむいたままだ。怪我はしていないが、ショックを受けているようだった。 「さっきからごめんばかりで、ちっともわからん。なんでこいつらが家にいるんだ?そこから説明しろ」  これらの犬は影のように薄く、俺のように魔術に若干の嫌悪感を抱くものでさえ、実体のないものとわかる。毛並みを触ることはできるが、強く触れようとすると体をすり抜けてしまう。亡霊ではないと思いたいが……。 「僕の方こそ、聞きたいよ」  カミュは唇を結んで、意を決したかのように俺をきっと睨み返した。 「ええ?」 「このワンコたちは何?どこの犬?アレンは知ってるみたいだけど」 「知ってるも何も、ミセス・ケベックの犬たちだよ」 「ケベックって誰?」 「あー……。だから……」  ——そうだ。カミュには説明していなかった。先日、あれが不運にも連続で怪我をして、俺が一人で村に行ったときに、ギルド登録をして、俺にでも出来そうなクエストを受注したこと……。 「お前も会っただろ。荷台をサンドレーさんに返しに行ったときの帰りに……」 「……ああ。あの老婦人」 「そそ。ケベックさんの飼っている犬だ」 「なんで犬たちが」 「だから、まあ、頼まれて、一日だけ世話をしたんだ。ま、散歩だけだけどな」  俺はそういってラブの首を撫でてやると、犬はワンとないて、5頭でじゃれあいだした。 「……頼まれて?」カミュは途端に怪訝な顔をした。 「ああ」 「どういう流れで?」 「まあいろいろあってな」 「……」 「……」 「僕に……隠してることない?」カミュは俺の膝に手をのせて、顔を近づけてくる。 「そ……そういうお前こそ!おかしいだろ!なんでここに犬がいるんだ?しかも半透明で?ありえないだろ。何したんだ?」 「僕は……別に」ちらと視線を向けた先を俺が追いかけると、そこにフラスコだのアルコールランプだの実験器具が並んでいて、試験管が一つ床に落ちて割れていた。 「なんだよ。これは……魔術の実験か?」 「ま、まあ、そうだよ。犬の毛から犬を再現しただけ」 「??」 「わかりやすくいえば、体の一部から影を引っ張ってくることができるんだ」 「はあ?」 「魔術書に書いてあった実験に使わせてもらったんだ。君のズボンに付着していた毛をね。こんなにいろんな犬の毛が付いていると思わなかったからびっくりしたよ」 「ふーん」俺はじろじろとカミュを見た。カミュも負けじと俺を見返す。  なんでわざわざ俺のズボンから毛を採取して実験なんかしようと思ったんだ?何の毛か知りたかった?俺が浮気をしているとでも思ったのだろうか?にしても、この犬の毛は短毛だし、人毛とはとても思えないだろう。カミュの奴一体何を考えてるんだ。 「ふん。まあいいよ。今日は」  そう言って、カミュは俺を押しのけてソファーから立ち上がる。暖炉の前で呪文を唱えると床に一瞬魔法陣が見え、犬の幻影が中心に吸い込まれるようにして消えた。あっという間のことで俺が茫然としていると、カミュは割れた試験管に近づきガラスの破片を集めようとして、案の定怪我をした。俺はほうきと塵取りを持ってきて代わりに掃きとってやった。 「あと、ほら、これ」  俺は玄関口で驚いて落としてしまっていた花束をカミュに渡した。 「え」 「お前何も欲しがらなかったから、花にした。すぐ枯れちまうが……綺麗だろ?」 「ぼ、僕に?」 「他に誰にあげるんだ?」 「え、嬉しい!ダリアだね!大きな花だなぁ。真っ赤でとても綺麗!買ったの?高かったでしょう?」 「まあな」  カミュは切り花を5本もらってとても喜んでいた。1Gしたことは黙っておくとしても、少年の可憐な笑顔を久々に見た気がして、俺は内心ホッとするとともに抱きしめたくなった。 「アレン……とってもうれしいよ。どこに飾ろうかな……」  カミュは戸棚から大きめのガラスの花瓶を取り出すと、さっと水を灌ぎ下の方の葉を数枚毟って活けた。テーブルの真ん中に置くと、部屋全体が明るくなったような気がする。 「ふふ……いいね。センスあるね、君」とカミュは、俺が座っているソファに近づくと、勝手に髪の毛を弄り始めた。  「君」……って……。カミュは俺と対等であろうとするとき、俺のことをよく君なんて呼んだりする。生意気だが、可愛いので怒りはしない。 「この色、君の毛先の色……僕大好きなんだ」カミュは髪を一房摘まむと、毛先に接吻をする。俺はそんな彼を愛おしげに見ている。 「んんん」俺は色気ある仕草に堪らなくなり、額に額を突き合わせて、唇をまさぐった。 「ア……アレン……ちゅ……」  数十秒の沈黙はキスの時間だった。  カミュはゆっくりと大腿に座って、俺の手も自然とあいつの腰に伸びる。浅い口づけなのに、お互いの心臓がばくばく鳴っている。俺の股間に血が巡りはじめ、外観からでも隆起がうかがえた。それを見たカミュが腰を妖艶に揺らし始める。 「だ……駄目だ……。カミュ……」恥部から染み出した体液が俺の腿を濡らしているのに気づき、少年の肩に手を掛ける。 「どうして?……欲しいよ。アレン、愛してる」カミュは俺の胸に顔を寄せて、辛そうにしなだれかかった。 「……昨夜しただろ?」 「でも……でも……」  あいつの言いたいことはわかる。俺が最後までイけなかったから、抱いてほしいってか。  しかし、俺も男だ。そこまで廃れちゃいない。あの時みたいに、理性の利かない野獣になってカミュを傷つけでもしたら最悪だ。カミュは戸惑って、俺の胸毛を指にくりんと巻きつけている。 「だーめ!来週までお預け!」俺は首を振って、少年の体を持ち上げると隣の席に座らせた。 「あん。でも、お預けなのは君……」  それを言うなと、俺はカミュの口元に人差し指でチャックをする。あれは顔をしかめ俯いたが、細い指でそっと俺の手を引き寄せるとその甲に切なげに口づけした。 「好きだよ、アレン……」 「知ってる……」

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