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9-3 ビーフシチュー
***
「カミュ……」
「なあに?アレン?」
具だくさんのビーフシチューを頬張りながら、カミュはとても機嫌がよさそうだ。ただいま夕餉の時間である。
「あのさ……言いにくいことなんだが」
「なに……?」
俺の頬についたシチューをナプキンで拭ってくれる仕草はまるで母親のようなのだが、彼は俺より十も年下の男の子である。表彰金のおかげで俺は今日一日休みを得たし、カミュはダリアを横目に見つつ、夕飯の支度を始めるまで図書館から借りた本を熱心に読んでいた。
俺が目のやり場に困り下方を見ていると、
「ああ、君が獲ってきてくれたヤマメも美味しいよ。やっぱ塩焼きに限るね」なんて、目線の先にあった焼き魚を褒めてくれた。川底に置きっぱなしになっていた籠に掛かっていたヤマメを普段ならリリースするところ、特別に今夜の夕食に合わせたのだ。だから、豪華な食事だった。
「……明日も村に行く」
「……え?」カミュはきょとんとする。
「悪いな……」
「何をしに行くの?」少年は食事の手を止めて、その手を口元に持っていく。不安の表れだった。
「ちょっと頼まれちゃってな……」
「……」ごくんと喉を鳴らす音が聞こえた。
「クマ退治」
「アレン!!」
カミュは卒倒せんばかりに震えながら立ち上がると、テーブルをバンと叩いた。俺は身構え出来ず、椅子ごとひっくり返りそうになる。シチューの皿が一瞬浮いたが、中身がこぼれなかったのは幸いだった。
「そんな……怒鳴るほどのことじゃないだろ」
「どうして、そんな依頼受けたの?君、まさか」
ギルドに登録したんじゃないだろうね、と言わんばかりの剣幕に俺は慌てて口を挟んだ。
「村長ん家で金を貰って出たら、家の前にいたんだよ……」
俺は並大抵のことでは動じない性格だが、カミュが激昂するとき、怒り心頭の波動のようなものが肌にゾクゾクと伝わると、急にしおらしくなって弁解しか出来なくなることがよくあった。
「パンプキン投げで20m以上の記録を出して、窃盗団の一味を捕まえた君なら、クマなんて簡単に倒せると?そう思われたの?」カミュは口角泡を飛ばしながら罵りだす。
「……君、何で戦うの?」
「何でって?」なぜ戦うの?戦う動機ってことか、と俺が首をかしげると、
「アレンさん、武器なんて持ってないじゃない。空手でクマに立ち向かおうとしてるの?……信じられない!」
ホワイではなくホワットだった。武器のことを訊いていたらしい。たしかに俺はちゃんとした武器や得物を持っていない。小屋にも農具や工具、弓矢はあっても、剣と言えるものはなく、せいぜい棍棒くらいしかない。
「いや、でもクマなら倒したことあるぞ?」
「空手でクマを倒したこと、まさか自慢しちゃいないよね?そんなのまぐれに決まってるから!!」カミュは顔をぐるんぐるんふって目を回しかけている。
「いやでも、この山で2頭……」
「ほら始まった、自慢話!倒したなんて威張ってたけど、クマ鍋にしなかったよね?君は大人の熊なら容赦しないだろうし、どうせ子熊で逃したんでしょう?ねえ、窃盗犯を懲らしめて村長に表彰された人に依頼するようなクマ退治のクマってどれくらいのサイズだと思うの?」
「別に威張ってたわけじゃ……それに子熊じゃないし。……たしかに、誰も頼るところがなさそうな爺さんと娘さんだったから、事は厄介なのかもわからんが……」
貧しい身なりをした二人だったから、ギルドに発注するためのクエスト料が用意できなかったのだと思われる。ギルドのクエストだったら最低ランクと思われる報酬を提示されたが、困っている人は見捨てられないし、これで名を売るのも悪くない。人垣も出来ていて、断るに断り切れない状況だった。
「はあ。考えが甘いよ。そんなことで名声を得ようなんて、つくづく愚かだよ。危険極まりないし、上手く使われるだけだよ、こすずるい大人どもに……」カミュはため息をつきながらねちねちと俺をなじる。なんだか擦れてるよなあ。苦労させた俺のせいだろうか。
「そこまで言われる筋合いあるか?」俺も不機嫌になってきて腕を組んだ。
「……わかった。仕方ない。僕も行く」
「それは駄目だ!」
「なんで??」カミュは唖然と俺を見つめた。
「お前が行って何になる」
「何になるって……」
魔法でも使ってクマを殺したりしたら、俺との約束を破ることになる。
「クマ退治には参加させないし、行っても意味ないだろ」
「そりゃないよ!アレン!」
両手で頭を抱えて、室内を歩き回るとソファーにダイブした。彼はもうディナーどころではなくなっていた。
「……いつだって君はそうなんだから?」うんざりとした声でカミュは呟く。
「いつだって?そうか?」
俺はバゲットを細かくちぎりだした。皿にこびりついたシチューの残りを擦り取るためだ。
「そこ!なんで君、そんな普通に食べてるのさ!イライラする」
手当たり次第に投げつけたものが青い魔術書だったので、俺は驚いた。やつが普段非常に慎重に取り扱っている禁帯本が俺の背に飛んできたのだ。当たりどころが悪かったら、シチューをぶちまけているところだった。そうとうイカれている。
「わかった。わかったから。まあ、とりあえず、落ち着いて飯食おうぜ。冷めちまうよ」
「勝手に食べてなよ。風呂沸かしてくる。今日は一番風呂に入らせてもらうから」
「勝手にしろよ」シチューもバゲットも食べ終えた俺は、カミュの皿に手を伸ばす。
「本っ当にがっついてんだから」……おーい。聞こえてるぞ。
ぶつくさ言いながら、カミュは外に出て行った。
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