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10-1 戦法の立案

***  村から北に5キロほど行った森の中に、依頼人のダンケル老人は住んでいた。五、六十代くらいの白い無精ひげを生やした、背丈は低いががっしりとした感じの爺さんだった。娘はエリーという名で二十半ばで村で針子をして暮らしているというが、まだ独身。茶髪を緩めに一つにまとめていて、器量はなかなか良い。  俺が依頼人宅を訪れると、二人が歓待してくれた。土間で茶を沸かす娘の背を見ながら、今日の計画について爺さんと話し合う。被害の状況は、納屋を見れば明らかで、地面にジャガイモやタマネギの食いかけが散乱していた。襲撃に遭った時間帯は真夜中で、爺さんが眠りについていくらもしないうちにドカっと扉をこじ開けるような音を聞いたという。それがちょうど一週間前のことで、翌日無事だった食料を小屋に運ぶと、その夜から小屋の戸を破りそうな勢いで連日体当たりしてくるのだと言う。 「わしゃ用心深くての。納屋はともかく、小屋の閂と蝶番はひどく頑丈なものにしてあるだ。だが、相手は馬鹿力での。時間の問題じゃて」 「ふむ。爺さんはそいつの姿を見たのかい?」 「ああ、明け方までうろうろしてたが、逃げていく後ろ姿は見たよ。黒くて大きかった。ありゃクマだ」 「どちらの方へ逃げて行ったんです?」  俺の隣からダンケル爺さんに話しかける若い男は、依頼の見届け人だ。ギルドのクエストではないから、いなくてもいい類の人間だが、爺さんが報酬を渋る可能性もあるし、俺が爺さんを恐喝する可能性もなくはないからと、第三者の立ち合いを村人たちが要請した。クマ退治の立ち合いなんて誰もしたがらなかったが、村の青年団の若者が付き添ってくれることになった。 「森の奥じゃよ。恐ろしく大きなクマだったで?」 「以前にも見たことはあるか?」 「んにゃ。あんな大きいクマはこの辺りには住んでなかった」  嫌な予感がして、俺は隣の男と顔を見合わせた。一応、名前を言っておくがリヨン君という、二十代後半の若者だ。 「昨日も断ったが、俺は木こりだ。正直れっきとした武器といえるものがない」 「ギルド仲介のクエストなら、有料でですが刀一本くらいは貸してもらえたかもしれませんけどねえ」と、リヨン君は非難がましく俺を見た。  まあ、正確には俺の腰に結わえてある一対の棍棒を見た。それなりの重量はあるが、全長50cm弱と長くはないし、刃はついてないので鋭利を活かした切断攻撃は絶無だ。運よくクマの頭を殴りつけられても脳震盪がせいぜいか、といったような残念そうな顔だった。打撃が入ればいい方で、腕のリーチ差でクマに胸板を切り刻まれるという危険もある。 「わしの小屋にあるものなら、何でも使ってかまやせん」とは言うものの、爺さんも木こり一筋で生きてきた人間で得物のひとつもない。あって斧だが、戦闘用の斧ではないし、伐採斧は棍棒より使い勝手が悪い。 「リヨン君は何も持ってないのか?」 「持ってませんよ!私なんて、ただの村人ですから」彼は村人と書かれた身分証を掲げた。 「それと、僕はもうアラサーなんですから、君付けしないでください。マクレガーといいます」なんてどうでもいい情報を吐きやがる。俺は無視した。 「出没時刻は真夜中か。まだだいぶ時間がある。策を練ろう」 ***  夕暮れを過ぎ、夜になり食事をご馳走になった。その後はリヨン君は一人でトランプをするくらいしか能がなく、爺さんと娘のエリーは世間話をしていた。俺は土間に落とし穴を掘って、小屋に入ってきたクマを落として上から殴りつける案を出したが、家にクマを引き入れることと、穴を掘るのは絶対にダメだと反対された。  網や縄を使っていいということだったので、投石に使えるかとも考えたが、暗がりでクマに石を当てるのは難しそうだ。網で、クマの動きを妨げるのはありだ。クマは扉に突進しているという話だから、入り口付近に輪にした縄を仕掛けておいて、手足に引っ掛けてやる手もある。これを爺さんに話したところ、良い案だとお墨付きをもらった。  エリーからは目隠しに網と一緒にスカーフを投げたらどうかと提案された。目が見えなければ、クマの攻撃も案ずるに足りぬ。視覚を奪い、手足を縄で縛りつけたうえで、棍棒でタコ殴りにし生け捕りにする、という大まかな計画が立てられた。  ——夜か。  俺は窓から外を見上げる。夜空には上弦の月が見えた。この月が沈み切るころ、真夜中を迎える。さらに、明かりを消して寝静まらないと、クマは現れない。  ——カミュ……。  反対していたのを無理やり押し切ってきてしまった。クマ退治は夜になるだろうと、今朝告げたら、昨夜にもまして逆鱗に触れ、猛反対された。最終的には折れてくれたけど、非常に不満げだった。  夜に家を空けることは、昨日のうちから想像がついていた。が、それを言わなかったのは、俺の完全なるエゴだ。カミュが怒り狂うのがわかっていたから、夜のうちには言わなかった。  なぜなら、毎晩のブロー・ジョブに差し障るからだ。あれは俺の逸物を骨の髄までしゃぶり(ペニスには骨はないが)、とことん奉仕してくれるので、夜の(とぎ)は俺にとってなくてはならないものになっている。  もし、気分を害して咥えてくれなかったら、二夜連続で我慢しなければならない。カミュには悪いが、卑怯だと笑ってくれ。  本当は毎夜、体の隅々まで愛してやりたいし、一夜だって離れて眠るなんて考えられないのだが、俺はじっとこらえる。あいつも同じ月を見ていると信じて、半分の月の面を見入っていた。

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