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11-1 決まった人

 次に目を覚ました時、俺はダンケル爺さんの小屋のベッドに寝かされていた。窓から差し込む日の光は短く、お昼過ぎ頃だろうか。起き上がろうとすると胸がじりと痛んだ。 「痛みますか?無理をなさらないで」繕いをしていたエリーが駆け寄ってくる。  俺の胸と肩には包帯がまかれていた。止血は済んでいるらしい。痛み止めも飲まされているのだろう。椅子の背に血まみれのシャツがかけられていたが、あれだけ出血したと思えないほど、痛みは和らいでいた。 「ん、大したことない。他のみんなは?」 「父は納屋の修理をしてますわ。リヨンさんはもう帰られました」  小心者の見栄っ張りは、お漏らしを口外しないようにと口止めしたに違いない。 「そうか。……獲物は?」 「外に……。あれはどうするんですか?」 「村に持ち帰るよ。一応、俺の手柄だからな」  ベッドから割れた窓ガラス越しに外を見ると、大きな骸が昨日のまま縛り上げられて野ざらしになっていた。青みがかった灰色の毛並みの巨大なクマだった。 「そうですか。恐ろしいクマでしたわ」 「……魔物だろうな。ただのクマじゃなかった。気付かないうちに背後に回られていたし」 「ええ」とエリーは頷いた。 「そっちも大事なくてよかった」  俺がそう言うと、彼女は顔を赤く染めた。ホットコーヒーを持ってくると言って席を立つと、ちょうど爺さんが戻ってきた。 「大丈夫かい?おかげで助かったよ。あれは持っていくんじゃろ?」爺さんは親指を外の方に振って訊ねる。俺はベッドから立ち上がると、椅子に腰かけた。 「あれが一体何物なのか知りたいしな。それから、忘れちゃいけないのが……」 「約束は守るよ。あんた、本当に頑張ってくれたしな」  ダンケル爺さんは「ありがとよ」と言うと金の詰まった革袋を俺に手渡した。確認すると言って袋を開けると、銀貨が契約のとおり50枚入っていた。 「半分でいい」俺はじゃらっと手づかみして袋に詰めた。 「え、でも……」 「残りは家の修復にでも当ててくれ」  銀貨25枚など一週間分のパン代くらいにしかならないが、当初から報酬に期待していたわけではない。俺が何をしたのかということの方が重要だった。 「しかし、いいのかね……」 「構わない。……話は済んだ。帰るぞ」  エリーが置いてくれたホットコーヒーを一口飲むと、立ち上がりコート掛けにかけていたベストを羽織った。 「待て。もうひとつ話があってな」 「……なんだ?」動きを止めて、爺さんを見返した。 「あんた、決まった人はいるのか?え?」 「決まった人ってなんだ?」俺は訝しげに訊いた。 「結婚はしてないんじゃろ?」 「結婚?」なんでまたそんなことを訊く? 「お父さん!!」爺さんの脇にエリーが立ち、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。 「うちの娘をどうかと思って……器量は悪くないじゃろ?気が利く娘だて、独り身ならうってつけだ!是非に貰ってくれんか?」 「……別にあんたの娘が欲しくて依頼を受けたわけじゃない」俺は不愛想にそう言った。反射的に口をついていたのだ。  爺さんはびっくりしたような顔をしていたが、特に憤慨はしなかった。 「そうじゃな。不躾にこんなことを言って悪かった」 「まあいいさ」しょぼくれている爺さんを尻目に俺はキャスケットを被った。  正直爺さんの謝罪などどうでもよく、小屋から出ると荷馬車の準備をした。巨体の魔獣を荷台に乗せるだけでも一苦労だが、これを5キロ先の村に運ばなければならない。  こいつを一人で倒したことをリヨン君はきっと証言してくれるだろうし、そうすれば名が広まって、いろんな依頼が来るかもしれない。木こりもいいが、もっと実入りのいい仕事で報酬を得て、カミュとともに楽な生活がしたいとそればかりを考えていた。  俺の姿が見えなくなるまで、エリーがずっと見送っていたことも知らずに。 ***  村に入ると、荷馬車の周りにはどんどん人だかりが出来ていった。荷台の上に乗ったものに興味津々で、触ろうとするものまでいた。  村の広場まで来ると、知った顔の村人にダンケル爺さんの依頼を解決したことの周知をした。そして、証人として見届け人のリヨン君を呼ぶことと、この獲物の正体についてわかるものを連れてくるよう頼んだ。  リヨン君ははたして、自分のスラックスに履き替えて登場したが、俺が一人で巨大な獲物をしとめたことを証言してくれた。勇敢な戦いに立ち会うことが出来て誇りに思うなんてありがたいお言葉までいただいた。  また、魔獣に詳しいギルドの女主人マール・キルトンに、獲物の品定めをしてもらったところ、ダースリカントというクマの亜種ではあるが、極めて凶暴なため魔物に分類されているとのことだった。ダースリカントの毛皮は防寒具や防具に、肝は薬になるとのことで、業者に解体させて高く買い取ってくれるとのことだった。肉は固すぎて食えないらしい。  広場は大騒ぎになり、八百屋のペリグル夫妻や肉屋の主人など、市場の知った顔は勿論のこと、村長の代理人も顔を出したし、図書館の使いで外出していたカミュの友人レイナ・サンドレーもその場に居合わせた。俺はその場で魔獣の骸を引き渡して、見積もられた代金30Gを受け取ると群衆を背に足早に立ち去ろうとした。  が、マール・キルトンが意味深な顔をして、近づいてきた。 「アレン・イーグル。あなた、やっぱりできる人ね。ここじゃあれだから、中に入りなさいな」キルトンに促されて、俺は再びギルドに足を踏み入れた。

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