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11-3 伝説の騎士

「ふう……なるほど」と、カミュは深い息をついた。  魔導書のとあるページに書かれた悪魔について、説明文と思われる長い文章を読み終えたのか、自称魔術師の卵は手の甲を口元に当てて何かを考えこんでいるようだった。ふと、目を上げると俺を見た。 「アレンさん、何見てるの?」  俺が長いこと絵を見ているのが気になって、カミュはちょんちょんとつついてきた。 「あ……いや……。この騎士が気になって」 「え?なになに?」  悪魔の右手前には男女の交合した裸体が描かれていたが、その左には白馬に乗っている騎士がいた。中世然とした写実的ではない絵のため、すらりとした体格ではあるが、鎧と盾を身に着け、長い槍を構えている。兜を装備していないため、髪が赤いことがわかる。 「……見覚えがある……。どこで見たかはわからない。W.Sと書かれているけど……この騎士の名前か?」  騎士の脇に書かれているW.Sは写本した人のサインでなければ、騎士のイニシャルだろう。 「え?『英傑ウィル』でしょ?200年前に活躍した騎士だよ。王族に仕えた名門の騎士だけど、『英傑ウィル』は冒険家としての方が有名で、数多くの悪魔や魔物を退治して村人たちを救出したことで名声を得たんだ。多分、他のページにもいる。アレン、知らない?忘れちゃったのかな?でも常識だよ。ウィリアム・セバスタといえば」 「ウィリアム・セバスタ……」と、俺が復唱すると、カミュは耳元で大きな声を上げた。 「ん?どうした」  びっくりして少年の顔を覗き込む。やつの方こそ目を見開いていた。 「いや、何でもない」 「それと、なんか違和感があってな。この騎士は剣を持っていないのかな?」  俺は再び、この騎士についての疑問をカミュにぶつける。 「……騎士が全員帯剣しているとは限らないし、騎馬だったら槍の方が強いんじゃないの?」  カミュは何か考えているような、焦っているような感じで答えた。言われてみれば騎馬上なら槍を使うのかもしれない。俺は騎士ではないからわからないが。 「うーん。まあたしかにそうなのかもしれないな。だけど、長剣で戦わなかったのかな。この騎士はきっと長剣を持っていたと思うし、その方が強い気がするんだ」 「ど、どうして、そんなことまでわかるの?」カミュは驚いて訊きかえすが俺にもわからない。 「なんとなく……」曖昧に応えると、カミュはため息をついて本を閉じた。 「適当なこと言ってないで、アレン。……ご飯作るね。お風呂は傷に良くないから我慢してね。あとで沸かしたお湯で拭いてあげるから」と、カミュは俺の前髪にキスをしていそいそと台所に向かった。 *** 「カミュ、おいで?」  寝室のベッドに横たわり、俺は手をこまねいた。  食事を終え、熱い湯で丹念に体を拭ってもらい、寝る前に再び薬を塗りなおして、新しい包帯を巻いてもらった。早く寝ようということで、ダイニングの時計はまだ8時前であった。 「僕まだ本読みたいし、その前に繕い物もあるから」  昨夜の戦闘で破れた衣類を繕うつもりなのだろうか?八つ裂きにされた血塗れのシャツはもう使い物にならないが。と、カミュは俺の靴下を振り回していた。見ると、其々の足の4本の指先に穴が開いている。シャツは雑巾にでもするよと言われた。 「まだ寝ないのはいいが、その……(とぎ)をしてくれないか?」  カミュに体を拭われているときから、下半身が疼き、血流が高まっているのを感じていた。あれだって下着の隆起に気づいていたはずだ。性欲ばかりは抑えられない。 「はぁ……?アレン……。君、大怪我してるんだよ。だから、早く休むんでしょ?」 「こんなに高まってたら眠れない。頼む」  俺はベッドに腰かけなおすと、カミュの手を引いて懇願した。本当はカミュと肌を重ねて愛し合いたいが、まだ決められた日ではない。二夜連続でフェラのお預けは厳しいものがある。かといって、代わりにひとり寝室で自慰をするのは虚しい。 「君がさらに興奮して、血の巡りが良くなったら、傷口からまた出血する恐れがあるよ。お酒だって飲ませなかったのはその理由だからね!今夜は我慢なさい!」因みに自慰もダメだから、とカミュはきつく俺を叱った。 「や……約束だろ?」  毎晩逸物をしゃぶるように約束を交わしたはずだ。やつの具合が悪いときは免除してやっているが、俺が怪我をしたとしても自身が望んでいるなら、カミュには夜伽をする義務があるはずだ。 「約束?『朝帰りしていい』なんて約束、僕したかなあ?そのことについて、アレンさん、ちっとも反省してないみたいだし……」目を眇めて、手を振り払うと腕を組む。軽蔑しきったような眼だ。 「……」ぐうの音も出ない。  でも、朝帰りとはいえ、女を買ったり浮気したりはしていない。結婚話は出たけど……。 「どうせ、明日も村に行くとか言うんでしょ?」俺の顎に人差し指を添えて、つーんとはじく生意気なカミュがそこにいた。 「いや……明日は」俺は口ごもった。 「連日ロディを酷使して可哀そうだよ」  先日、サンドレー家に荷車を返しに行った時に言われたことを思い出したのか、俺に背を向けながら意趣返しをする。 「明日は町に行く……」 「は……。はぁあ???」 「まさか……女を買いに行くとかじゃないよね??」振り返り、心配そうに俺にすがりついてくるカミュを制す。 「違う。それは断じてない。……まあちょっとな」 「ちょっとじゃない!!」カミュは激怒した。

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