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12-1 タジール町

*** 「あら、この子が噂に高い……」 「……カミュ・イーグルです。レディ・キルトン。いつも兄が世話になっているみたいで、ありがとうございます。今日はどうぞよろしく」  村ギルドの女主人は、愛想よく少年に挨拶をした。カミュは、血の気の失せた顔をしていたが、その類まれな容貌を活かして麗しく自己紹介した。しかし、その声は震えている。 *** 「美しい子。アレンさんの弟さんなのね。年はいくつ?」  兄弟といえど体格や髪色、肌の色等見比べるまでもなく似ていないが、キルトンは表情には出さない。 「16です」 「へえ。魔術を勉強してると聞いたけど」 「毛が生えた程度だ。期待しないでくれ」俺は荷馬車を先導して、振り返らずに言った。 「……っ」カミュの毛が逆立つのが、背後で感じられた。殺気というやつだろうか。  昨晩、町に行くと聞いたカミュが怒り狂って、夜も別に寝ることになった。朝が明けても、自分も町についていくと頑ななまでに譲らなかった。強情っ張りのせいで、出発が1時間遅れたが、結局付き添われることになった。  村に着いて、もう一人の同行者であるギルドオーナーを紹介すると、カミュは頭を抱え込んでうずくまってしまった。こんなことだろうとは予想していたのかもしれないが、ショックが大きかったみたいで、たちまち顔が真っ青になり眩暈がするのかしばらく動けなかった。それでも町に同行するというので、30分ほど休ませて馬車に乗せてやった次第だ。 「先刻は兄がギルドに加入してるとは露知らず、初対面でご迷惑をおかけしました」 「滅相もないわ!カミュ君。また具合が悪くなったら言ってね。町までまだ遠いし」  マールは気遣うように言って、御者席で振り返った俺を睨んだ。ギルド登録を告げていなかったお前が悪いとでも言いたげに。 「二人とも、町は初めてなんでしょう?」 「……」「はい」 「じゃあ、二人で街を見物できるし、良かったじゃない」  マールはカミュの髪を撫ぜた。カミュは誰にでも人懐こいところがあるので、すぐに打ち解けてボディタッチを許す。相手が年増の女とは言え、俺には不本意なことだ。マール・キルトンは豊満でかつ筋骨隆々とした肉体を持つ綺麗系姉御肌の女だから、どちらにとってもタイプではないと思うし、過ちは起こらないと思うが。 「……用事がすんだらな」不愛想に言い放つと、カミュはきょとんとして言った。 「あの、今日は何をしに行くんですか?」 「何も聞いてないの?……そうねえ。町長さんに挨拶に行って、窃盗団のことを詳しく訊くの。この間、アレンさんが捕まえたスリが奴らの手下だったみたいだから、力になれるかもしれないからね。それと……きゃぁ」  マールが言いかけると馬車は石に乗り上げて、大きく揺れた。マールとカミュは驚いてお互いを支えあった。 「話し込んでると舌噛むぞ。二頭客車でスピードも出るんだから」  ちっと舌打ちしながら、俺は馬車を走らせる。出発が遅れたことと、人数が増えたことで、ロディの荷馬車では帰りが遅くなってしまうことがわかり、辻馬車を借りたのだった。一日の使用料として10Gも払った。節約節約と息巻いている奴に限って、時間も金も無駄にするのだ。 「アレン、もっと気を付けてよ」カミュが文句を言ってくる。 「はい、はい」林道を駆けながら、俺は馬に鞭をくれた。  町長の用事がすんだら、カミュは適当に見物させるつもりだ。俺とマールは武器屋に行く約束がある。俺の手にあったものを選び、ギルドの備品として買ってもらう。それをレンタルして、クエストを受ける算段だ。  良い得物は、値段も相応である。先日の賞金や今までの貯金程度では、良質な武器を買うことができないため、マール・キルトンと相談して、こういう方法になったのだ。ただ、武器を手に入れたからといって、上手く扱えるかはわからない。しかし、ギルドの所有物にしておけば、たとえ俺が使えなかったとしても、他の冒険者がレンタルする可能性もあり、損はしないという訳だった。 「あの!……ご存知でしょうけど、兄は昨日怪我をしたんです。ですから、今日は……その……戦ったりは」小声でマールに話しかける。 「それは大丈夫よ……激しいことはしないと思うから」マールはカミュにウインクして囁いた。 ***  馬車に揺られること一時間弱で、俺達はタジール町に着いた。村は居住地の回りを堀で囲ってあるだけだったが、より大きな町は深い堀に加えて、石垣で囲われていた。まるで、城下町のようだったが、マールによると山を越えた先にある城下町の石壁はもっと高く、頂には鉄条網がかけられているのだという。城下町の石垣は町の内部にさらに2段あり、堀も内堀と外堀があるという。厳重なことだ。  跳ね橋を渡ると、街中に入る。石垣の影になるところは暗いが、日差しは明るく、まだ正午を回っていない。街中は石畳で舗装され、馬車の振動も煩わしくなくなった。やや狭い道に歩行者もいるので徐行運転となるが、通りがかる人々の服装が、村とは違って垢抜けているような気がする。そして、町人は俺の格好を見て、訝しそうな、もしくはせせら笑っているようなそんな表情を見せた。 「町長の家はどこだ?」 「噴水広場は見えた?一本道なんだけど、広場が中間地点なの。そのまままっすぐ行くと町長の家だから」とマールが答えた。

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