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12-2 町長の家

***  町長の家は、町の入り口である跳ね橋と中央広場の噴水の延長上にあった。この中央道路はポプラ並木がある緩やかな坂道となっていて、突き当りには教会があり、その手前に魔法学校の中等科がある。  噴水の広場から放射状に市場が広がり、アーケードを持つ商店街もある。それぞれ区画ごとに商品のジャンルが決められていて、食料、酒、衣類、道具、武器、防具、飲食店、宿屋などと細分化されていた。近年行われた人工的な街づくりの結果だった。  そして、先述した通り、ここは昔から学園都市ならぬ学園町である。魔法学校では、近隣の町村から来た貴族の子弟が寮生活をしていると聞く。魔法の素質のある裕福な家の子どもたちが、一般的な初等教育を終えて入学する専門学校であり、卒業生の大半は山の向こうの城下町にある高等科並びに大学に進学するのだという。  町長の屋敷の前で二人を馬車から降ろすと、俺も町長宅の馬丁と交代し、最奥に聳え立つ象牙色の建物を見上げた。大きな観音開きの門がある壮大な教会は、上部に三つのステンドグラスの丸窓がある。円の中に幾重にも花が描かれているようなそれは、正午の日差しを浴びて、目に痛いくらいに輝いていた。色とりどりのガラスを通してみる光の色は、どのようなものだろう?俺は生まれてこの方一度も教会に入ったことがないような気がしてきた。 「さ、とりあえず、中に入りましょうよ」と、マールに袖を引かれた。ギルドの仕事で出張も度々という彼女には、田舎者の物見遊山と思われているに違いない。俺と同じようにカミュも道の先の建造物を呆然と見上げていた。 「キルトン……、なあ……」 「なにかしら?アレンさん」 「……俺の格好、変じゃないか?」さっき、町人に笑われた気がして、俺は自分の容姿が田舎臭くて滑稽なんじゃないか、と二の足を踏んでいた。 「んー」と、女主人は上から下まで眺めて、 「普通よ。いつもよりはましな格好してるし、失礼ではないわ。まあ、人の目が気になるんだったら、帰りに買いましょう。見繕ってあげるわ」と言った。  いい年こいた自分が、こんなこと訊くのも恥ずかしかったが、俺は根っからの木こりで隠棲者なんだとつくづく感じた。俺が着ているのはよそ行きのジャケットとスラックスで、半年前に買った冬物だった。サンドレー家に伺った時もこの格好であった。上下ともに一張羅だが、季節外れな衣装のせいで衆目を集めていたのだ。  一方のカミュは、長持ちから引っ張り出してきた淡い紫色の薄手のローブを身に纏っていた。ゆったりとした作りだが腰に同色の絹の紐が付いており、ウェストを絞ることができる。魔術師は大抵裾の長いローブを着るのだが、カミュの場合は膝丈で細い脛が見えていた。いつ買ったものか知らないが、どうやら背が伸びて短くなってしまったようだ。俺はため息を吐いた。 ***  町長の屋敷はバンダリ村の村長のそれより大きく、庭も広かった。玄関では若い執事が迎えてくれて、顔馴染みのマール・キルトンを見るや、丁重に応接室に案内してくれた。そこで出迎えてくれた町長は恰幅の良い丸顔の六十代くらいの男で、脂ぎったてっぺん禿げだがにこやかに笑っているので愛嬌があった。  町長は、村祭り中に発生したスリ事件のことを詳細まで把握し、俺のことを称賛してくれた。自警団上層部が犯人を牢屋で尋問しているそうだが、未だに一味のことを白状しないのだという。ただ、この盗賊団は各々担当があって、自分はスリを専門にしているが他のやり口は知らないということと、棟梁と話したことはあるが顔を見たことはなく、構成員とは連絡すらとらないことを訴えるのみだそうだ。 「そいつらは、義賊的なことをするんですか?」 「義賊?」 「ええ……金持ちばかりを狙って襲撃したりする人たちです」  俺はドラコ大陸から海を渡ったときの赤髪の船長の話が頭をよぎって訊いてみた。 「まさか。君もスリ犯を知っているだろ。誰彼構わず奪っていくよ。まあ、手持ちの少なそうな者からあえて盗らないとは思うがね。富豪からとは限らんよ」と、俺とカミュを一瞥した。  ——では、あの人ではないのか……。野望を秘めたような鋭い眼差しを思い出す。 「君が言ってるのは、炎の海賊団を名乗っている輩のことかね。あれとは関わっちゃならん。異端(ヘレシー)といって火の民の呪われた末裔だ。近親相姦のしすぎで、遺伝子からおかしくなっている」 「遺伝子?」聞いたことのない言葉だった。カミュもピクリと眉を動かす。  以前カミュに聞いたところによると、異端(ヘレシー)とは絶海の孤島に置き去りにされた親娘の子孫が近親相姦を繰り返して何百年もその血脈を絶やさなかった人々のことだ。突然変異で寿命が異常に短かったり、獣のような変異体が生まれたりするため、迫害を受け、人として扱われないという過酷な運命を背負っている。 「どこで知り合ったかしれんが、洋上だろう?恰好いいこと言うものだから、悪の道に引きずり込まれた若者がごまんといる。あんたも気を付けなされよ。誰から金品を奪おうと、悪は悪じゃ」  確かにその通りかもしれない。物を盗るという行為だけを見れば、相手が誰であれ所有の権利を侵害している。だが、その所有がそもそも弱者を搾取することによって手に入れた不当利得だったら?  横暴で理不尽な暴力や搾取から弱いものを守ることこそが至極妥当だと思い、町長の発言に納得できなかった。

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