55 / 108

12-4 学生恋愛

***  御屋敷から往来に出た少年は、綺麗に舗装された石畳の坂道を歩き始める。  薄紫の膝丈のローブはまるで少女が着るワンピースのようで恥ずかしく、普段着でよかったのではないかと今更ながら後悔する。カミュは肉体労働をしないので、ズボンは大層擦り切れてはいたが継ぎ当てはなく、このローブよりは様になっていただろう。  しかし、誰かに会う訳じゃないのだ。人目を気にしてもきりがない。興味が湧いた学校の外観を見てくるだけだ。  学園町として栄えるこの街は、学生向けの瀟洒なお店が多く、教会への参道だというのに神聖さより俗っぽい垢抜けた雰囲気が漂っている。  地を這うほど長い裾の濃紺のローブを身に着けた若い学生たちが道をふさぐように連なって歩いている。3,4人が小脇に魔導書を抱え、チュロスのような細長い菓子を咥えながら、坂道を下りてきて、裾から時折見える黒曜石の如き光沢をもつ革靴が地面を蹴るコツコツという音が小気味よく聞こえる。全寮制というが、町内であれば外出は自由なのだろう。  この魔法学校の中等科で4,5年過ごし卒業試験をパスすると、城下町にある高等科に進むことができる。高等科は飛び級などもあるが3年で学科をマスターすると、魔法大学を受験する資格を与えられる。大学は原則4年制だが、単位を規定以上履修し、卒業研究課題をこなせば修了資格を得られ、その後は専門スキルを活かした高度な職業に就くことができる。  大学付属の研究室や病院に所属して働いたり、理論家・実践家の魔導士になったり、魔法に関与した実業家や法律家、発明家になったり、魔法戦士団として活躍することができるのだ。  この国の人々の認識としては、魔法戦士が一番華やかで認知度も高く、英雄視される上に、実際に稼ぎのいい仕事だった。ドラコ大陸にいたときは魔法のまの字もなかったが、ペルセウスには魔法戦士団という、魔法を変幻自在に操る統率の取れた戦闘部隊がある。戦う相手は国境を接する敵対状態の隣国であったり、植民地や保護地域を攻め入ってくる異民族だ。  ペガスス大陸は神代の昔に国が一つに統一されたが、その後子孫が領土を分割し、相続争いや下克上が起こるなどしたため、国々は一貫性を保てずてんでバラバラの方角を向いていた。  その後、国祖直系の嫡子が治めるペルセウスの国が緩やかに封建支配を進めていき、遠方に封じられていた縁戚との連携によりペガスス大陸は一つの国としてまとまりを見せ始めた。しかし、いまだその支配になじまない抵抗勢力や過激な独立国家があり、国境近辺では火種が絶えない。そこで、200年前より創設されたのが、魔法戦士団だった。少数精鋭のエリート集団が、圧倒的な魔力でゲリラ活動を制圧し、国境付近の蟠りを根っこから壊滅させてしまうのである。ここでいう魔法とは、単純な攻撃系魔法ばかりでなく、索敵や諜報といった情報戦でも大いに活用されるものだった。  魔法戦士の正装は、腰ひもが炎のように赤く、金色の甲冑には二羽の鷲が王冠を掲げたエンブレムが刻印されているので、出会えばすぐにわかるという。  話は大分それてしまったが、アレンは魔法戦士団そのものがあまり好きではないらしい。カミュがその話題を振ったとき、彼は苦い顔をして首を振ったからだ。カミュには、戦っている相手が人間だからだろうと想像できる。あの人は戦うために生まれてきたような鋼の肉体を持ちながら、争うことが好きではないのだ。  カミュがそんなことを考えながら歩いていると、5分も経たずに学校の敷地角まで辿り着いた。身長の倍もある豪奢な鉄柵が地の果てまで続いているような錯覚を覚えるほど長く連なっている。柵の内側はいろいろな果樹やバラが植えられていたり、菜園や薬草園となっていたりして、疎らだが学生が観察をしていた。金や銀の髪の子たちが優雅に談笑しながら、植物の生態を勉強しているのを見るのは初めてだったし、そもそも自分と似たような姿の子どもたちが何人もいることが驚きだった。淡く明るい色の髪をして、肌が雪のように白く、瞳の色は緑や青、茶などまちまちだったが、皆線が細い感じの少年少女だ。  引力を感じたカミュが無造作に飾り柵に手をかけて、様子を眺めていると、バラを写生していた銀髪の少年が近づいてきた。 「君、どこの子?」グリーンの瞳がカミュを捉えて、怪訝そうに訊ねる。 「え……」  体のパーツの色は違えど、鏡に対面したかのように瓜二つの雰囲気を醸していて、聞かれたことに反応できなかった。 「学校の子じゃないね。どこの家の子?」まじまじと見つめられて、カミュは恥ずかしくなった。 「……」 「正門は先だよ。付き人はいないのかな?」 「……付き人?」よくわからずにオウム返しをする。 「おい。離れろよ」と少年の後ろから低い声がかかった。それはカミュに向けられた敵意であった。 「レティシア様、そんなつんつるてんは放っておいて、こちらで遊びましょう」と、建物間の通路からやってきた少年が銀髪の少年の肩に手をかけた。  こちらは、背が高くガタイの良い金髪の少年だった。声変わりも済ませているようだ。赤銅色のボールを腕に抱えており、校庭で球技に興じていたらしい。体にぴったりとしたシャツと短パンを身に着けており、鍛えられた筋肉で盛り上がっている。浅い息をつき、首筋を汗が伝っていた。カミュを煩わしそうに一瞥すると、脇を向いて唾をペッと吐いた。 「僕は、そんな野蛮な遊び……」と言いつつも、小柄な少年は金髪に肩を持っていかれて、名残惜しそうにカミュを振り返りながら去っていく。  二人はどういう関係なんだろう。金髪の少年の方が一回り大きく年上に見えたけど、僕とアレンみたいな特別な関係なんだろうか。と想像するだけで顔が火照った。

ともだちにシェアしよう!