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12-5 魔法学校
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正面入り口が見えてきてホッとするのも束の間、圧倒的な正門の存在感に気おされて立ち止まる。門の造りを記すと、花崗岩の基部に煉瓦壁、銅葺のドームがついていて、その先端に青銅のライオンの棟飾りが収まっている。荘厳な門の内側には、門衛の控える来賓窓口があり、ガラス窓の向こうに強面の警邏服の男性が座っていた。
門衛は、カミュに気付くと立ち上がり、控えの間から出てこようとした。このなりでは追い立てられてしまうだろうか?銀髪の少年が言っていたように、「付き人」という者がいないと見学すらできないかもしれない。
すると、広い前庭の背後に聳える塔の鐘がけたたましくなり始めた。
門の影で立ちすくんでいると、鐘の音とともに走り出てきた大柄な学生にぶつかってしまった。先に見た金髪の少年同様、スポーツマン体型の運動服の学生たちが数人、ボールを投げかわしながら、喚声を上げて町へ繰り出していく。
カミュの小柄な体躯は、勢いよく跳ね飛ばされて、遣り水で濡れていた路面にうつ伏せに倒れてしまった。そこに知らずに通りがかった学生が足をかけて転び、手にしていたアイスコーヒーがカミュの全身にふりかかる。一瞬で飲み物を失った学生は、砂埃を払いながら立ち上がると、
「浮浪児が」と吐き捨て、うずくまるカミュの腹を思い切り蹴り上げた。黒曜石の光が散らついて、目の中で弾きとぶ。嗚咽すら出ずに、彼は意識を失った。
***
それからどのくらい経っただろうか?目を薄く開くと、カミュは門衛所の床に寝かされていた。毛布を掛けられているが、服は全て脱がされている。思わず毛布をかき寄せる。
門衛の座っていた椅子に、汚れたローブが掛かっていた。
「目が覚めたかい?」と、奥から声がしてカミュは体をびくつかせると腹部に鈍痛が走った。
さっきの門衛が水の入ったコップを片手にやってきてカミュに差し出した。首を振って断ると男は言った。
「部活の終礼の鐘が鳴ると、不逞の学生どもが飛び出すんだ。突き飛ばされると思って、声をかけようとしたんだが、間に合わなかった。その上、コーヒーまでかけられてしまって……」
――僕のローブ……。
ローブに伸ばそうとした手を門衛に握られた。
「学生たちに怪我がなくてよかった。正門で彼らが怪我を負ったら俺の監督責任だからね。……君が気を失った後は、通行の邪魔になると思ってここに運んだんだ。……服を脱がせたら体の隅々に痣があるが、なぜだい?」
「え?」
「男娼なのかい?」男はカミュの両手首を掴み上げて、揺さぶるように言った。
「え、違う……」
「違うというなら、この痣は何だい?口づけをされた痕だろう?え?」
鎖骨の窪みや耳朶の裏がうっすら赤らんでいるのは、数日前にアレンとの交合で愛された痕跡だった。アレンは服の上から見えないところを主にキスするのだが、カミュは着替えのたびにアレンの所有を主張するようなキスマークを見て下肢が熱く滾るのだった。腰や太ももにも無数の吸い口がある。
「いや!!はなして!」
男は卑猥な笑みを浮かべてカミュを壁に押し付けると、薄紅色の唇に己の唇を這わせた。
「学園の子は手が届かない。だが、俺は商売男でもあんたみたいな稚児が好みでね」
ここは門衛所の窓口の裏手にある控室だった。人が行きかっているというのに、壁の死角となって彼らの姿は見えない。カミュが声を上げようとすると、男は口を押えて手元にあった雑巾を猿轡のように噛ませようとした。饐えた匂いが口内に押し込まれて、胃の中のものが逆流する。離された手で男の顔を引っ掻くと、平手でしたたかに横顔を殴られた。男は抵抗されないようカミュの両手首を一つに縛り上げる。
「ふ……ふぐ……う……うああ」篭った声は男の耳を湿らせるだけで、決して室外には漏れない。男の指が下腹を弄り、カミュは恐怖に怯えて体が思うように動かせなかった。
男はうつ伏せにした体を無理やり愛撫し、首筋や耳朶を舐め、乳首などをさすった後、下腹を飾る小さなペニスを扱き始めた。
——嫌だ!アレン……アレン!!たすけ……!!助けて!!!
心の中で必死に叫ぶも、声なき声が彼の人に届くわけもない。
——嫌だ!嫌だ!嫌だーーーー!!
男がズボンを脱ぐのに手を離したすきに、カミュは男の両手首に自ずから触れた。
「あああ!!」男は悲鳴を上げた。手首から煙が上がり、小さな赤い舌が生える。魔法で出火したのだ。
男はカミュを思い切り振り払うと、奥の間にある飲料用の水甕に手を突っ込んだ。
「何をする、こわっぱ!!」
カミュは口に突っ込まれた雑巾を吐き出すと、手首を拘束していた縄を魔法で焼き切った。早くここから出て助けを呼ばなくてはと、少年は汚れたローブを腕に抱えて、屋外へと飛び出した。
だだっ広い前庭にはポーチがあり、先ほどはなかった黒い大きな馬車が止まっていた。4頭立ての立派な馬車で、鬣を三つ編みにした漆黒の馬が繋がれている。馬車は豪奢な彫り物が施され、宝石輝石の類がはめ込まれ贅を凝らした造りだったが、貴族の紋章など所有を示すものはなかった。さらに、両脇に6頭の騎馬が待機していて、物々しい雰囲気だった。騎兵と思しき精悍な兵士たちが、学舎の正面玄関を見つめている。
「誰か……誰か……助けて……」カミュは全裸で泣き叫びながら、彼らに助けを求めようと近づいた。己が身を守るため、反射的に権威的なものにすがろうとしたのかもしれない。
「何奴!?」と、構える兵士たちだったが、少年のあられもない姿を見て驚きつつも失笑した。
「浮浪児か?」「おそらくな」「娼婦かもしれないな」「学生の変装か?」などと、騎兵たちが揶揄していると、一番年配の騎兵が睨みつけた。
「助けて。助けてください。今、門衛の男に……手足を縛られて……」掠れ声で泣きながら訴えるカミュに、リーダー格の騎兵は静かに言った。
「我々は尊い方の僕にして、待機を命ぜられている者。貴殿の頼みは聞き入れられません。ましてや、その様な装いではなおのこと。立ち去りなさい。速やかに!」
装いなんて皮肉もいいところだった。何も身に纏っていないのだから。
門衛が出てくる気配はなかった。カミュは通りがかる教師や学生たちのいやらしい視線を浴びることに耐えかねて、ローブで前をひた隠ししながら校門から退散した。
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