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12-6 町ギルド

***  マールは俺と肩を並べて歩いていた。彼女は女としては長身で、俺より頭一つ低いくらいだ。鼻梁の通った整った顔も凛々しく映るときがあり、男装をしていたら男と見まがうほどだ。  マール・キルトンはバンダリ村のギルド主人だ。彼女はギルド運営の手腕があり、交渉力もなかなかのものなので、本部からもかなりの裁量を認められているらしい。聞けば、数年前までは冒険者としてパーティを組んで魔物討伐をしていたとか。彼女は武道家で、手の甲に鋼の爪などをつけて戦うのだという。前に腹の開いた服を着ていたが、女の色気を感じるよりも腹筋の割れ目を注視してしまった。ひょっとすると相当強いのかもしれない。  そんな彼女が噴水広場まで俺を急かすように歩かせると、町のギルドに入っていった。 「トニー!!」ドアを開けるや、マールは嬉しそうな大声で叫んだ。 「おう。マール、久しぶりぃ」  トニーと呼ばれた、腕っぷしの強そうな中年男性が、キルトンに馴れ馴れしく近づいてくる。酒焼けなのか、叫び過ぎたのかしらんがガラガラ声だ。赤茶の顎髭と腕毛が気になる。 「おや。強そうなの連れてきたじゃん」彼は俺の方を見上げて口角を上げた。 「ええ、ダースリカントを倒したの。勇者よ」 「マジでか??名は?」 「アレン・イーグル」 「トニー・グリモアだ。ガッツのある男は好きだぜ。よろしくな」挨拶に握手を交わすと、早速人懐こそうに椅子を勧めてきた。マールは当然のように腰掛ける。 「で、話は?」と言いながら、ジョッキにビールをなみなみ注いで出してきた。俺の分も出てきたので、驚いてトニーを見やった。しかしグリモアは俺を見ていない。 「町長を一泡吹かせてやりたくて」マールはそれに一気に呷ると、ねめつけるように言う。 「わかるぜ」トニーは何があったか話してすらいないのに、マールに同意した。 「人気がないのに家柄だけであの地位にいるんだ。民主的に考えておかしいだろ。どうにかして落としてやりたいが」 「窃盗団を捕えて奴を見返してやりたいのよね。でも、一味の手がかりはないっていうし」  二人は頭をこねくり回して考えこみ、腕を抱えている。双子みたいに仕草が似ていた。 「じゃあ、こんなのは?町長が後援してる道場があるだろ」 「あー」 「あそこの強者どもをのしちゃうってのは?」グリモアの提案にマールは相槌を打った。 「いいわね。それ。……でも一つ問題があって」 「なんだ?」グリモアは身を乗り出す。 「アレンは武器を持ってないの。ダースリカントも素手で倒したの」 「いや、棍棒だ」俺は言い直すが、やはりマールに手で制される。 「……トニー。協力してもらえないかしら」 「はいはい、資金援助だろ。マールの頼みなら喜んで聞くよ」  グリモアはざっくばらんそうに椅子の背に凭れて、磊落に笑った。 ***  その後、俺達は予定通り武器屋に行った。武器屋通りはギルドのある区画に近く、防具屋通りと隣り合っている。道具屋や食料品店、衣料品店が巨大アーケードの下に露店を出しているのと違って、通り沿いにそれぞれのブランドのブティックが立ち並んでいる。武器屋通りには、武器を求めてやって来たと思われる冒険者が多くたむろしていて、俺は挙動不審に辺りを見渡した。皆、カジュアルで旅慣れた佇まいがある。 「怖気づかないで、アレン。あなたはダースリカントほどの魔物を倒したのだから、ここで買い物する権利のある人間よ。この通りを歩いている人であなたより大柄な人はいないし、腕っぷしの強い人もいない。空手なら誰にも負けないわ」  マールは俺をこまねいて一軒の店に入っていく。 「……買いかぶりすぎでは?」後に続きながら、俺は呟いた。 「いいえ。私は見る目がある方なの……。ただね、正直がっかりだわ」 「え」 「ギルドに登録したことをカミュ君に告げてなかったこと。それと、ダースリカントのことも……。あなたって存外、不誠実なのね」 「いや……」 「家族でしょう?何で隠し事するのかしら」  ダースリカントのことはたんに言い忘れていただけだ。マールに魔物の正体を教えてもらっても、俺にとっては巨大で残忍なクマという認識で、所詮クマ退治にすぎなかったからだ。しかし、ギルド登録に関しては故意に伝えていなかった。カミュには以前から、ギルドに登録してもろくなことがないと散々注意されていた。伝えたら、癇癪を起こすに決まっている。  俺は黙っていたが、マールの方は察したのだろう。 「カミュ君の気を損ねるから?ふん。心配されているのに、自分勝手な理由よね。……まあいいわ。あなたには町長打倒に協力してもらうから。これは信頼関係が大事な仕事よ、あたしには隠し立てしないでね?」 「わかった。あんたの期待に応えられるよう頑張るよ」  マールが拳を出してきたので、俺も拳でハイタッチをする。  それからは何事もなかったかのように、マールは武器の品定めを始めた。俺は両手剣として使う長剣を熱望したが、鎧も併せて買うものなので値が張るし、素人には扱いが難しいため、無理だとすげなく断れらた。鎧は論外な値段だが、入門者が使う訓練用長剣でさえ3000Gはするという。それも主に素振りに使われる重量のある模造剣であり、切れ味も鈍く、打撃で攻撃するような剣だ。  剣先が鋭利に研ぎ澄まされ、手入れして長く使うような良品は、最低でも1万Gは下らないという。一方、片手剣は一振り5000G程度と安価である。  片手剣と比較してこれほど高価なのは、両手剣は騎士など代々戦いを生業とする家柄が譲り受けて持っている場合が多く、需要も少ないが供給もほとんどなく、めったに市場に流通しないからだそうだ。さらに長剣の習得には最低5年の訓練が必要であり、諦めるように諭される。  結局片手剣とメイル、バックラー等を買い、マールはトニーに渡された5000Gの手形と自分の小切手を合わせた1万Gを支払った。「これはあなたへの投資よ。期待を裏切らないでね」と、マールの真剣な眼差しが俺を射た。

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