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12-8 予告状
***
俺たちが町長の屋敷に戻ってくると、ちょうどマールがいそいそと出てくるところだった。馬丁も馬車を出してくれていた。もう午後4時過ぎだ。そろそろ帰らないと、小屋に着くころには夜になってしまうだろう。
「マール、待たせたな」
「待ったけど、こっちでもいろいろあったのよ」ギルドの女主人は片眉をしかめた。
「そのようだな」魔法防具店を出てから、町の雰囲気ががらりと変わったのがわかった。
「なにか聞いてる?」
「いや」俺はカミュを負ぶっていた。服を買ってやった後、嬉しくて興奮したのかエネルギー切れで歩けなくなってしまったのである。ここまで来る途中で眠っていた。
「カミュ君寝ちゃったの?」マールはカミュの寝顔を覗き込んで、「かわいい」と呟いた。
「ああ。まあとりあえず、帰りながら話を聞こう」
***
「予告状か……」
「ええ。14日の深夜に美術館の絵を盗むそうよ」
「美術館?タジールに美術館なんてあるのか」
「あるわ。個人経営の小さな画廊みたいなところ。何の絵かまでは詳しく聞かなかったけど」
カミュを客車の座席に寝かせ、俺は馬を駆けさせながら、御者席後ろの窓を開けてマールと会話していた。
「一番価値のある絵だろうな」
「おそらく」
「町長はなんて?」
「私は隣の部屋で報告を盗み聞きしていただけだから、町長が恐ろしく慌てていたことくらいしかわからないわ。耳障りな靴音がひっきりなしだったもの。おそらくその日の夜には厳重な警戒網を敷くでしょうけど、相手だって予告してくるくらいだから、対策はしてるでしょうね」
「奴ら警戒網の隙を突こうとしているのかもな。……それにしても14日か、奇遇じゃないか。俺の真剣試合も14日だ」
「そうね。手柄を立てる絶好の機会だわ」
「……まあ、まずは真剣試合に勝てればの話だけどな」
「大丈夫よ、あなたなら。戦いの素質があるし。片手剣の扱い方は明日教えるから、また村に来てちょうだい。窃盗団の件もその時にじっくりと話しましょう」
「わかった」
「それと、このことはちゃんとカミュ君に言うのよ?明日にでも」
マールはちらっとカミュの方を見た。目を閉じぐったりと横たわっている少年に、今夜伝えるのは流石に酷だろうと判断したのだ。
「……。……わかったよ」
「よろしい」マールはまるで母親であるかのような口ぶりで言うと、ぴしゃりと窓を閉めた。
***
小屋に着く頃には7時を回っていた。荷台から少年を抱え上げると、体に熱を持っているのがわかった。言わんこっちゃない。無理が祟って発熱したのだ。こうなってしまうと二、三日は安静にしないといけない。俺は短く吐息を漏らした。
しかし、日中カミュの身に何があったのだろう?髪は乱れ、ローブは派手に汚され、頬や手首は赤く腫れている。誰かに暴力を受けたというなら教えてくれればいいのに、何一つ答えてくれなかった。目に涙をにじませるだけで、悔しさに唇を噛み切って……。プライドがそうさせているのだろうか。
一人にさせなければよかったと思う。ただ、一緒に行動していたら武器を買うことを強く反対しただろう。あの時も己の都合でしか考えてなかったから、カミュが町長の家で気分を害し席を外した時は狙いすましたようなタイミングだとむしろホッとした。それに街中くらい一人で歩ける年頃だとも思っていた。
俺はカミュを寝室に運ぶと、その小さな体から汚れたローブを脱がせにかかった。目覚める様子もないから、手っ取り早く裸にして湯でも沸かして拭いてやろうとしたのだ。
下着を脱がせると、少年の腹部に紫色の痣が広がっていた。一体、誰がこんなことを、と俺は一瞬にして怒りではらわたが煮えくり返った。壁に拳を何度も打ち付けて関節から血がにじみ出る。
カミュは一体どこで誰にこんな目にあわされたのだ?何で教えてくれない?この生々しい痣は医者に診てもらった方がいいのではないか?と、もどかしさに眩暈がした。俺があいつに隠し事をするように、あいつも俺に心配させないよう気を使っているのか。にしても、これは筆舌に尽くし難くひどかった。年端もいかない子どもにこんな惨い仕打ちをするなんて。
汚れたローブを握り締めて、俺はキッチンに湯を沸かしに行った。
購入後、古いローブは店で処分してもらい試着している若草のローブを纏って帰ることを提案したが、カミュに拒絶された。体が汚れているから新品は着続けたくないのと、このローブには思い入れがあるから捨てたくない、と言うのだった。
しわくちゃになったローブを広げて、ソファにかける。コーヒーの染みは乾ききっていて、洗っても完全には取れないだろう。よく見ると胸元に僅かながら吐しゃ物もかかっていた。カミュが吐き出したものだろうか。この汚れた布切れに感じるカミュの愛着とはどのようなものなのだろう。俺が薄紫のローブを目にしたのは、今日が初めてだった。この短いローブはおそらくドラコ大陸にいたときに買ってもらったと思われるが、ドラコに魔法使いが非常に少ないのは前述のとおりで、なかなか手に入る代物ではないはずだ。いつ誰に買ってもらったのだろう、嫉妬心が首をもたげた。
温めの湯に布巾を浸し、体を丁寧に拭いてやる。血で滲む口元、涙の通った筋、泥のはねた耳朶、汗の干からびた首筋、青白い脇腹、見ていられない痣の痕。怒りに体を強張らせながらも、全身隈なく拭い、櫛で髪を梳いてやると、カミュの顔が微笑んでいるように見えた。すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
ふう、と俺は額に噴きだしていた汗を拭って、隣に転がった。狭いベッドでは肩がぶつかるが、それも良い。愛する者の体に触れあって眠るときは、どんな場合であれ俺の至福のときだった。
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