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13-1 剣技の特訓

***  翌日、明け方に目覚めたカミュは熱のひかない体に鞭うって朝食の準備を始めようと起きてきた。しかし、俺が先にダイニングにいたので、有無を言わさず抱き上げて寝室に運び再び寝かしつけてやった。  それから2時間ほど経った頃、重湯を作ってカミュを起こし、ゆっくり食べさせながら今日の予定を当たり障りなく話す。熱が下がっていないことと、腹の痣のことを理由に、医者に診てもらいにお前を村に連れて行くと言うと、案の定嫌がった。診察や薬の処方は金がかかることを知っているからだろう。  「行かない」とごねるので、自分の用事もある俺が一人で村へ行こうとすると、今度は何をしに行くのだと詰め寄られた。本当のことを言って体調を損ねるのも嫌だったが、マールに説教されたこともあるので、ギルドに用があるとだけ告げた。  カミュは複雑そうな顔をして俺を引き留めたがるが、先述のとおりマール・キルトンと町ギルドのトニー・グリモアには5000Gずつ借金があるから、致し方ない。借金、というと若干語弊がある。  体のサイズに合わせて購入したメイルとその下着に関してはその通りだろうが、剣とバックラーは主に俺が使うことになるものの、彼らの所有物である。俺たち二人の衣類も少額ではあるが援助資金として提供してもらった。これらはいわゆる投資の意味も含まれており、すぐに弁済を請求されるものではないが、行動で示せということだろう。必要以上に功を急ぐことはしないが、求められている期待に応えていきたいと感じていた。  結局、カミュも村に行き診察を受けるということを了承してくれたが、外はあいにくの雨だったため、体を冷やさないよう合羽の下に冬物のコートを着せて毛布にくるんでやった。しかし、今度は暑いと勝手に脱ぎだすものだから、すったもんだしてゆうに1時間は遅れて町に着いた。 ***  村ギルドの階上の係員控室にある仮眠ベッドにカミュを横たえ、往診を呼ぶ。俺とマールが留守の間は、係員の女の子がカミュの世話を焼いてくれるらしい。  バンダリ村のギルドはオーナーが女なだけあって、係員も半数以上が女だった。これは珍しい方だと思う。係員の女もただの村人ではなく、逞しい上腕と大腿を備えている。もとは冒険者だったのだろう。ギルドの運営側になると、クエストを受注する立場としての冒険者(登録者)との両立は不可能になる。若い身空で冒険者を引退(休止)した理由を知りたいものだと、その時は興味があった。  俺たちは村の外にある空き地で訓練をする予定だったが、雨脚が強くなってきたので、村内にある自衛団修練場の屋内施設を借りて訓練することになった。自衛団というのはその名の通り住人が結成する外敵に対する防衛のための兵であり、その修練場は成人した村人達が定期的に集まって武器の扱いを習得するところだった。因みに似たような名前で自警団というのもあるが、それは治安の維持のための組織だ。  ペルセウスでは戦闘にかかわらない職業の者(平民)は武器を携帯してはいけない決まりがあるが、臨時のときは国に判断を委任された自衛団長によって住民に武器防具が配布される。その際、使い方を誤らないようにするための簡易な訓練だった。定期的といっても2か月に一度とかその程度であり、使用武器も肉切り包丁型の安価なファルシオンである。  自衛団修練場に着くと、俺は早速背負っていた荷を解いて、中に入っていたメイルとその下に着る付属の服を身に着け、バックラーを装着した。俺は鎧が欲しかったのだが、金銭面で鎧は値が張るので今はメイルで我慢してくれとマールに言われたのだった。 「あら、なんなく装着できたみたいね。着付けから指南しようと思ってたのに」とマールが言うと、後からやって来た青年を俺に紹介する。 「この前ギルドに登録してくれた冒険者なんだけど、騎士の徒弟として訓練を積んできた子だから、剣術は一通りできるの」 「ジェフリー・ギボンといいます」青年はぺこりと挨拶した。20代前後の180くらいの痩身だ。 「基本的な型と技術について、あたしたちがやって見せるから、その後であなたも真似してくれるかしら。真剣だからゆっくりでいいわ。形だけ把握してもらえば。片手剣とバックラーの戦い方がどういうものか掴んでくれればいいの」と、マールは言うと、自らが用意した片手剣とバックラーを手に取った。  バックラーは手持ちの小型盾で、直径30センチ程度の円盤状の本体に半球上の膨らみを設け、内側に取っ手がつけてある。他の盾に比べて小柄で軽いので、携帯性・機動性に優れており、主要武器の扱いの邪魔にならず、相手を掴むのにも適している。体の近くに構える盾と違い、バックラーは持った左手を真っ直ぐ相手に突き出すように構えるのが特徴だ。攻撃時の小手狙いの反撃から手や腕を守ったり、半球部分で攻撃を受け流したり、ときにはバックラー同士ぶつかり合い競り合ったりもできる。  マールは一通りの構えを取り、俺にもやらせる。基本形がすんなりと決まると、ジェフリーと向き合い、技を披露し始めた。 「バックラーを使った戦い方は、相手の力を受け流しながら、攻防の切り替えも自由という点で利があるの。無論、受け流すのはバックラーだけじゃないわ。この『突き返し』を見て。さっき教えた『第一』と『第六』の構えで、ジェフが刺突。それを私のバックラーの死角にあった剣で受け流し、軌道がそれたところに、私のバックラーをジェフの顔に叩き込み、剣で胸を突く」  バックラーは自分の剣の動線を隠したり、殴りつけたりすることもできる、ということが言いたいのだろう。スパイクなどが付いていれば、さらに威力が増すが、目的は殺傷ではないので寸止めをするつもりだ。続いて、俺は言われたとおりにジェフを仕留めた。

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