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13-2 医者の言
***
午後一時で一旦練習を区切りギルドに戻る道すがら、マールが腕を組みながら言った。
「あなた、本当に剣術習ったことないの?」
「え。ああ」空腹の俺は地面を見ながら歩いていたが、顔を上げる。
「今日一日特訓のつもりだったんだけど、もう終わりよ。教本に書かれている剣技は全てやってみせたし、あなたも寸分違わずに出来たわ。何も言うことがないくらい完璧だったし、それに……途中教本にない剣技でジェフ君を押さえつけてたわ。アレン、あなた一体どういう人なの?」
言われてみれば確かに不思議だった。20あまりの剣技をその名前とともに丁寧に教えてくれたマールとジェフだったが、技の名こそ知らないものの、見ればなるほどとわかって、すぐ後の実践では体が自然と動くのだった。ジェフが見かねて手本になかった変わり手を打ったとき、それに合わせて別の技を繰り出してしまったときは、俺自身頭の方が追い付いていなかった。驚いたことに体が勝手に動くのだ。
「わからない。マール、言ってなかったかもしれないが、……俺、記憶喪失なんだ」
「なんですって?」マールは吃驚して俺を見上げた。
マール・キルトンと知り合って二週間足らずだが、初めて驚かせたのは、自分が木こりで剣術のスキルを何も持っていないと告白したときだった。そのときはまだ、記憶喪失であることは話していなかった。
「い……いつから??」
「2年ほど前から」
「2年以上前の記憶がないってこと?」目を丸くして俺に確認する。
「そうだ。それより前に俺が何をしていたか、全く覚えていない。自分の名前すら、カミュに教えてもらったんだ」
「じゃあ、あなた、もとは騎士だったかもしれないわけね」唸りながら速足になるマールに俺は合わせて歩く。
「それはないと思うが……。カミュは俺が木こりで、剣の腕は皆無だって言ってたし、身分証にも騎士身分とは書いていない」
「うーん。でもねえ。私の観察眼が、あなたは騎士だと、そう告げているのよねえ。大枚はたいて両手剣と鎧を買ってあげても良かったかもしれない。長剣の技は少なくとも50以上、流派によっては300近くあるのだけど、それも全部体に入ってそう……こういう剣技だとかスキルだとかって頭で覚えるものじゃなくて、体に染み込ませるものなのよ。あなたの身のこなしを見るに、おそらく得物は全て網羅している感じがするの。勿論、格闘技もね。騎馬も得意でしょう?」
「ああ」
飼い馬のロディを酷使するつもりはないが、馬の扱いにも慣れている。少なくともカミュよりは。そのカミュも馬の乗り方は俺に教えてもらったと漏らしたことがあった。2年前出会ったときにはすでに馬車を先導していたカミュにである。付き合いは意外に長いのかもしれない。あれが言わないだけで。
「あなたたちはドラコから渡ってきたの?」
話したことはなかったが、カミュの言葉の訛りからわかったのだろう。最近は彼も訛りを大分修正しているが、マールの前では隠し果せなかったか。
「ああ」
「ドラコ大陸のことは、ギルド本部から聞いているわ。魔物が南北に縦断して村々を襲ったっていう話。それも確か2年位前まで断続的に続いていたわ。あなたたちも知ってるでしょう?……今は大分復興が進んでいるって話だけど」
「……」
山の裾に猛火が天を焦がしそうなくらい燃え広がっていた光景を思い出した。約2年前、俺は森の中で目覚めて、カミュに連れられて馬車で通り過ぎたのだ。村人を助けることもせずに。悔恨の情にかられる。
「カミュ君とは……やっぱり兄弟じゃないんでしょ」
マールに聞かれてドキッとする。一目瞭然ではあるのだが、こうも真っ直ぐに訊かれたことは、サンドレー氏以来だった。マールの視線は真剣だったが、俺の痛苦に歪んだ顔を見てかふと顔を反らした。
「いえ。別にあなたたちの関係を否定しているわけじゃないの。……でも、あなたが記憶喪失だとすると、カミュ君といつ知り合ったかにもよるけど、あの子ならあなたのことをもっと知っている可能性があるわね」
「カミュは……語りたがらない」
俺が目覚めたときの悲しげな顔を思い出す。以前から知った仲であれば、己のことを忘れてしまったことについて悲しむだろうが、あれは俺が目覚める前にすでに泣いていた。何があったかは教えてくれない。
「……そう」マールは目を伏せた。
***
ギルドに戻ると、ちょうど2階で診察を終えた医者が帰りかけるところだった。係員が湯気の立つ大盛りのパスタを二つテーブルに持って来ていたが、俺は医者を呼び留めカミュの容態を聞いた。中肉中背の医者は俺を一瞥して「保護者の方?」と訊くと、俺の腰を引いて部屋の隅へと連れていかれた。話を聞かれないためだろうか。
「体の具合は……?」
「熱は大分下がりましたが、安静にしてください。お腹の痣は色こそひどいですが、内臓破裂などは起こしていませんし、時間が立てば消えるでしょう。心配はいりません。彼の場合、精神的な疲れで発熱しているようです。村に連れてくると体力を削られますので、小屋で看病なさった方がいい。それより……」と、医者は俺の顔をすっと見つめ、声を潜める。
「体の端々に内出血の痕が見られます。これは……よく口づけされたときに吸い方がきつくて痣になるものです……。彼はまだ若いし……。その、誰かにやられたのかを質問しても答えてくれないので、あなたならご存知かと思い」厳しい目を向けられた。疑っているのだ。
「キスマークか?それはまずいことなのか?」
「彼の意に沿わぬ性行為を強いているのであれば、それは罪だと断言します。また、内出血で出来た血の塊は血栓となって動脈に詰まり命を奪う可能性があり大変危険です。誰に暴行されているのかは知りませんが、体の占有を誇示するかのような障害行為は控えていただかないと……」医者の言に俺は顔を曇らせた。
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