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13-5 奸計談義

***  カミュは、ギルドでマールがアレンに話していた一連のことをノルマンに聞かせた。  ノルマンは、タジール町の美術館の話が出ると、そのオーナーは昔からの知り合いだと言ったので、カミュにとってはますます都合が良かった。コーヒーカップから口を離すと彼はため息を吐いた。 「タジール町で跳梁跋扈する窃盗団を捕まえたいって言うんだね。君が……一人で」 「僕一人では何もできません。ノルマンさんにお力を貸していただきたくて」 「そういうことはアレンさんとキルトン嬢に任せちゃえばいいんじゃないの?彼らは力もあるし、言っちゃ悪いけどカミュ君みたいに非力な子がこの問題を解決しようとするのは極めて困難よ」  ノルマンは扉の向こう側を見るように遠くに焦点を当てる。隣室で待機しているであろうアレンの強靭な肉体に思いを馳せて、僅かに口元を歪める。絶対に良からぬことを考えている。 「わかっていますが、どうかお願いです。ノルマンさん。具体的な策はもう立てているんです。この部屋の超アート作品を拝借して、オーナーに掛け合い閉館後にすり替えてもらう。そうすれば、絵を盗みに来た輩が混乱状態に陥って、きっと捕まえることが出来ます」 「うまくいくかしら?ろくすっぽ絵を見ないで盗む可能性もあるのよ?照明をつけているかにもよるけど、夜の闇に乗じて盗みに来るのなら、展示場所だけ把握している犯人が絵を袋に入れるまで数十秒ほどでしょう。あの絵は明るい部屋で絵の全体を少なくとも十数秒間見ることで精神に異常をきたすものなのよ」 「……そんな危険な絵画がこの部屋にごろごろ転がっているなんて」  カミュは身震いする。前回カミュが訪れた時と同様、この部屋には不思議な絵がいくつもかかっており、それをまじまじ見てしまうと譫妄状態に陥ったり、気を失ってしまったりするのだ。なら、布をかけたり伏せたりするなどして隠しておけばいいのだが、堂々と壁に掛かっているので、アトリエは視線の定まる余地がない。だから、この部屋にいるときはテーブルの上にあるものや対面の顔、絵のかかっていないドアなどを見ながら話すしかない。 「魔法大学まで出て画家になった親戚の子が描いた絵だからしょうがなく預かっているのよ。まあ、そのことは今は深く触れないで。で、あの人にはどう説明するつもり」 「アレンさん?……彼にはこのことに関与させたくないんです。完全に」 「ほへ……それは難しくない?だって、その日の夜は窃盗団を捕まえるために町にいるんでしょ」呆気に取られてカミュを見るノルマン。 「ですから、その……」と、二人しかいない部屋でカミュはノルマンの耳に口を寄せた。 ***  二人がアトリエから出てくると、アレンは後からやって来たレイナ嬢と話をしていた。店番のバイトではなかったようだが、図書館勤務の昼休みにたまたま寄ったそうだ。アレンは「長かったな」とカミュに手を差し出して帰ろうと促したが、ノルマンの方はいそいそと店内の商品を手に取って紙袋に詰めるとカミュに渡した。 「用法、用量は間違えないでね。ま、用法の方はね……」顎をさすって目配せする。 「無理言ってごめんなさい。ノルマンさん」 「いいってことよ。でも、もし二人が仲たがいして別れるなんてことがあったら、その時は参戦するから」 「参戦て」耳元で囁くノルマンに背中がぞわっと怖気が走る。  挨拶もそこそこにアレンに押し出されるように雑貨屋を出ると、雨はすっかり上がって日が差していた。村の広場へと通りを駆けていく子供たちの姿がちらほらと見える。 「カミュ君のあんな切実な顔、初めて見たなあ。あれが恋する男の子かあ。アレン・イーグルさんか……うちがもっと若いころに出会えていればなあ……」ノルマンはアンニュイな仕草に物欲しそうな眼をして表を眺めた。 「アレンさんはどこでも人気ですよね。うちの親もうるさくて」 「え?」レイナの言葉に店長は目を丸くする。 「体格があの通り立派でしょう?だから、父が結婚させて家業を継がせたいって言うんですよ。もしくは、あの人について城下町にでも行けば、きっと騎士の仕事が得られるはずだから、幸せに暮らせるぞとかなんとか。父は楽したいだけなんですよ。あたしはその気ないのに……。でも村の女の子たちは、服装さえまともになればイケるとか噂してましたよ」 「へえ。ライバルは多いのね……」とノルマンはため息を吐いた。 *** 「一体何の話をしていたんだ?その荷物……持ってやるよ」  俺は片手に閉じた傘を二本持っていたが、カミュの紙袋が気になって手に取ろうとするのをすげなく断られる。 「いいのいいの。アレン、待たせて悪かったね。あのね……もひとつ付き合ってほしいところがあるんだけど」  カミュの懇願が板についてきて、俺は断れない。 「これから?」体を安静にしていなきゃいけないというのに、どこに行くというのだろう。 「うん。ケベックさんちに案内してくれる?」 「え?ミセス・ケベック?なんでまた……」  ミセス・ケベックとは、俺がギルド登録して初めて受けたクエストの発注者である。クエストと聞こえはいいが、ただの犬の散歩であり、世話をする家族が旅行で不在なので一日だけ臨時で受けた依頼だった。とはいえ報酬の割に大変な仕事で、大型犬5頭それぞれが四方八方にリードを引っ張るので、散歩は困難の極みだった。聞けば普段は、一人一頭と割り当てて散歩しているというから、俺のような大男で力持ちでないと務まらないクエストだっただろう。  その老婦人の家に、カミュがなぜ行きたいなどと言うのだろう。腰をかがめて彼の顔を覗き込むが、濁りのないハシバミ色の瞳は俺を真っ直ぐ見つめていて、底意を知りえなかった。

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