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13-6 ケベック御殿

***  ミセス・ケベックの家は村はずれにある大きなお屋敷だ。村で5本の指に入る資産家であり、俺達が住む山の所有者も隣の屋敷に住んでいて交流があるらしい。流石に町の金持ちとは規模が違うものの、村周辺の広大な土地の地主として小作農によって収益を得ている。  老婦人は50年ほど前にこの村に嫁いできた方で、風雅な物腰や丁寧な言葉づかいで周りの人を和ませてくれる。地方領主の娘で元は貴族令嬢だったそうだが、家の事業がことごとく失敗して破産しかけた際に、バンダリ村の素封家と結婚することで一門を救ったのだという。波乱万丈な人生を歩んできたとは思えないほどの穏やかさが彼女の美点だ。その老婦人の屋敷にカミュは行きたいとせがんだ。 「ここだよ」と言うまでもなく、鉄柵と生垣の向こうで、荒い吐息と小競り合いの音がする。  匂いで俺とわかったのだろう。ヒバの生け垣を揺さぶっていたかと思うと、5頭が一斉にばっと顔を出した。驚いたカミュが仰け反るのを支えてやると、俺は奴らの顔や首をぐしゃぐしゃと交互にかいてやる。 「やっぱり本物はド迫力だね……」 「でかいのが5頭もいるからな。普段から外飼いで番犬なんだろう。散歩させなくてもいいくらい広いお屋敷だけどな。皆優しい性格で従順な上、好奇心旺盛でとても賢い。鼻もよく利くから、俺だとわかってやって来たんだろう」と説明すると、カミュは口角を上げて嬉しげに俺を見上げた。そして、しゃがみ込んで恐る恐る犬たちに近づいた。 「あまり口元に手を出さない方がいいぞ。不審者だと思ってかみつくかもしれん」 「心配いりませんよ」と、歩いてくる気配があった。声からミセス・ケベックとわかった。 「小さいお子さんに危害を加えたりはしませんよ。ちゃんと躾けられていますから」 「お子さんだって!!?」  カミュはぷりぷりと怒り出すが、姿の見えないケベックには、差し出された指の細さから子供だと思ったのだろう。すっと立ち上がると、その人影の長さにケベックは目を細めた。カミュの身長は160センチ弱だ。 「あら……、ごめんなさいね。よかったらお庭で話をしませんこと?雨がやんで犬たちもはしゃいでいるものですから、こないだのお礼も込めてお茶でもいかがかしら。お連れの方もどうぞ」柔らかな笑みを崩すことなく、ミセス・ケベックは俺たちを屋敷に招待した。 ***  庭園に招かれて、パーゴラのウッドデッキに設えられた白いガーデンテーブルにて、ケベック老婦人と俺は紅茶を口に含む。カミュは犬に興味を持ったのか、椅子に腰かけていても視線は庭に向けられていた。ラブという一頭の雌犬だけ、俺の脚元で靴の臭いを嗅いでいる。具合の悪い彼をどうにかして早く帰らせたいと考えていたが、ケベック夫人に捕まったからには長話になるだろう。 「お話は聞いてますわ。村祭りでの大活躍、スリを捕えて村長に表彰されたとか。その前に行われたパンプキン投げでも大記録を出したそうですね」 「まあ、結果4位入賞だったんですが」  若干照れを隠しながら俯く。あの大会で優勝賞金を得ようとした思惑は外れてしまったが、だからといって悪い結果にはなっていない。スリを捕まえたら村人達に感謝され、ダンケル老人に依頼されたクマ退治をこなし、マールに見込まれて武具や防具を買ってもらい、町の強者に挑戦するチャンスを得た。何だかんだで、俺は村人達に助けられている気がした。 「いえいえ。あの後ね、審査員がかぼちゃを調べたらね、とても軽くて」と、老婦人は口元に手を添えた。 「え?最後の三方が投げられたかぼちゃを調べたという話は聞きましたが、軽かっただなんて聞いてません」  明らかに軌道のおかしかったかぼちゃのインチキを暴こうと、表彰式の前に審査員が調査したというのは俺の耳にも入っていた。 「そうじゃないのよ。荷台にあった全てのかぼちゃがテニスボール並みに軽くなっていたそうよ」 「本当ですか?」アレンの大仰な驚きに、カミュは体をビクッと震わせるが、視線をそのままに耳を傾ける。 「村祭りが終わって片付けのときに気が付いたそうよ。誰かが途中でかぼちゃの重さを変えたんでしょうね。投げられたかぼちゃは元の重さに戻るようにしたようね。荷台のかぼちゃの重さを戻し忘れたのはお間抜けさんだけれど……」 「……そんなことできるんですか?」耳を疑うような話に、声を詰まらせながら問うた。 「ええ。できるわ。魔法よ。……誰かが魔法を使ったの」ケベック夫人は思案顔で組み合わせた手に顎をのせた。 「そ……そんな……」  物体の重さを軽くしたり重くしたり出来るとしたら、何でもありの世界になってしまう。力勝負も何もあったもんじゃない。 「結局、賞金は没収になったの。知らなかったでしょう?といっても、入賞者はみんな不正を全否定してね。本人もその身内にも魔法使いはいないって立証したから、このことは公にはせず内々で払い戻してもらったそうよ」  話し終えた者と呆気にとられた者の間に漂ったしばしの沈黙の後、カミュが不意に立ち上がった。 「僕、犬と遊んでくるね」不自然なタイミングに俺は眉をしかめる。 「……その魔法を使える人間ってこの村にどのくらいいるんです?」 「魔法学校のあるタジール町ならともかく、この村には数えるほどしかいないわ。私も家が没落寸前のときまで学校に通っておりましたから、魔法は知り得ておりますし、図書館にいらっしゃるサンドレー氏の娘さんも使えますね。あとは、魔のつく職業の方も多少は」 「マのつく?」 「魔法雑貨屋のノルマン殿などですわ」 「ああ、なるほど」さっき会った御仁か。妙に慇懃でカミュへのボディタッチが多く虫が好かない店主だったが、奴さんもカミュ同様魔法が使えるのか。そりゃあ、魔法雑貨屋と銘打っているのだ。さもありなん。と得心して、アレンははっとした。 「では、あいつは?」  俺はラブを残して4頭の犬と戯れる病態であるはずのカミュに目をやった。フリスビーを投げては、戻ってきた犬にタックルされているが、彼は一体大丈夫なのか?

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