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13-7 玉の輿の姪

「あいつって?あら……お連れさんのこと?」夫人はふふと笑みをこぼした。 「彼は私の姪っ子にそっくりですから、きっと魔法もお手の物だと思いますわ。あなたを優勝させたくない動機があるなら、そういうこともやってのけるかもしれませんわね」  アレンは目の前が一瞬昏くなったような気がした。心当たりはある。しかし、どうしてそこまでして……。相方が一体何をしたいのか見当もつかない。とにかく一つ言えることは、俺を競技で絶対に入賞させたくなかったということだけだ。問い詰めるべきかどうか、戸惑った顔をしていると、ミセス・ケベックは察したように俺の手に触れた。 「不正自体はいけないことだけど、悪気があったんじゃないわ。きっと、あなたを心配したのよ」 「心配されるほど、頼りないのか……」 「そうじゃないわ。ミスター・イーグル。あなたが有名になってしまったら、彼はあなたを独り占めできなくなってしまうじゃない」と言って、ミセス・ケベックはほっほっほっと笑った。ついさっきまで名前も知らなかった少年と俺との関係を言い当ててしまうような恐ろしい観察眼を彼女は持っていた。二の句が継げないでいると、 「驚くことないわ。私はこれを本業にしていますから」と言って、袂からコロンと小さな水晶玉を取り出した。俺は目を見張る。 「占い師?」 「ええ。『有閑マダム』は気持ち副業ですの。まあ、副業の方が収入も多いのですけどね」コホンと咳払いして、紅茶を一杯飲む。 「……ところで、姪御さんって?」  何でも見えてしまう夫人に自分たちのことを相談するのは無粋な気がして、俺は話題を変えた。 「父の妾腹で生まれた年の離れた妹の娘です。非常に聡明な子で、飛び級で魔法大学に入学し、忽ちにして首席で卒業したの。学力だけでなく、魔術、剣術ともに秀でていて、最年少で魔法戦士団の隊長を拝命した一族一誉れ高い人でした。隊長として華々しく活躍していたところを国王陛下に見初められて結婚なさったのですが、早々に病死してね……」 「……そうだったんですか」  ケベック夫人の血縁者がペルセウスの亡き王妃だったということを初めて知った。その座は今も空位となっている。 「一族が没落を免れたのは、ひとえに彼女のおかげなの。私が村の長者に嫁いだくらいじゃ、たかが知れています。その頃はどうにもならないくらいに落ちぶれていましたわ。私も吝嗇の夫に援助を強請らなくてはならない苦しい時期が続きましたが、姪っ子が玉の輿でしょう?おかげで当主だった兄は侯爵の地位と広大な所領をいただきました。私もこの家で、そしてこの村で、一応の矜持を保てるようになりましたわ。……国王陛下との間には確かな愛があったようですが、あの子は一族の救出のためにずっと心を悩ませ努力してきた人でした」 「……」彼女が今穏やかに暮らせるのは、最後のプライドを守ってくれた亡き王妃のおかげだったわけだ。 「……彼はあの子に似ているわ」遠くを見やる婦人の目に涙が一筋流れた。  ちょうどその時、カミュがレトの尻尾を撫でながら、その毛を素早く引き抜いたのを俺は見逃さなかった。 *** 「付き合ってくれてありがとう!僕たちデートみたいだったね、アレン!」 「何がデートだ。犬まみれになってたくせに……」  確かに村の中を並んで歩いたことはほとんどないが、俺は仕方なくカミュについてきただけだ。腹も減ってさっきから虫が鳴いている。  機嫌の良いカミュの軽やかな足取りに、体調は落ち着いたようだと胸をなで下ろしつつも、俺はきっとしけたツラをしているだろう。少年はそんなことは気にも留めず、俺の腕をつかみ、 「ワンちゃんたち、とても懐っこくて可愛かったね。僕も飼いたくなったよ」などと、暢気そうに笑っている。ギルドから出発したときと大違いで嘘のように明るい。 「まるでアレンさんみたい」 「ど、どこが??」俺は自分が犬だと言われたように聞こえ、上ずった声で訊き返した。 「体の大きいところが!大型犬は君に、君は大型犬にそっくり。何度も体当たりしてくるものだから、息が切れちゃった。……だから僕ね、アレンさんが5人いたらって考えちゃった」 「ええっ?なっ?」 「あの子たちみたいにさアレンが5人いたら、……僕はほぼ毎晩愛してもらえるね」頬を赤らめながら、とんでもないことを言うので俺は絶句した。  ——俺が5人だって?冗談じゃない。……それはこっちのセリフだ。  と、俺は俺でカミュが5人いたら、を想像する。いや、『7人』のハーレムだ。そうしたら月火水木金土日と毎晩心ゆくまで抱いてやれるのに。と妄想するが、ふと、待てよと思う。一人のカミュを愛したとして、他の6人のカミュはその時どうしているだろうか。指をくわえて別室で待機しているのだろうか?7人は毎日交代で俺に抱かれるが、結局のところ今のカミュと同じくそれぞれが一週間に一度俺に愛されるだけだし、奉仕するだけのブロージョブの日だってなくなってしまう。  さらには嫉妬深くて欲求不満なカミュが7人もいると思うとぞっとする。7人が7人怒り狂って、俺の体もろとも全てを八つ裂きにしてしまうだろう。もっとも、独占欲が強いのはお互い様だが。 「アレン……」 「……あ」俺は現実に引き戻される。足を止め立ち尽くす俺を不安げに見上げていた。 「何考えてるの?ジョーダンだよ。っもう!なんでも真に受けちゃうんだから」  平手で強かに肩を叩かれて、愚かさに気付く。カミュは一人。いなくなることはあっても、増えたりはしないのだ。俺は不意にカミュの手を引き寄せると、驚く彼をぎゅっと抱きしめた。 ***  ちょうどその頃、ペガスス大陸南海岸の沖合の海に出ていた漁船が、土左衛門を掬い上げた。だがそれは、白い着衣が波間に漂っていたため膨らんだ水死体と見間違えたものであり、幸運なことにまだ心音を打っていた。長い黒髪が海藻のように顔に張り付いていたが、その二重顎には髭が生えており、胸板が厚かったため男とわかった。  意識はない。だが、じきに息を吹き返すだろう。漁船は男の手当てのため、最寄りの漁港へと寄港することになった。

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