68 / 108

15-2 自宅訪問

***  遅い食事を終えて、洗い物をしていると馬車の車輪の軋む音と鈴の音が聞こえた。食器を布巾の上に並べて、窓から外を伺うと、手を振る御者の姿が見えた。ノルマンさんだ。そして、後ろにレイナさんも乗っていた。カミュは先日買ったローブではなく、動きやすい服装に身を包んでいた。帽子掛けから小さな帽子を取って被ると外に出た。 「おはようございます……。レイナさんまで、どうして?」 「おはよう。カミュ君。うちがカミュくんちに行くって言ったら、この子もついていきたいっていうものだからね」 「日中は店番を頼まれていますから、町へは一緒に行けないけれど」とレイナ嬢は馬車から降りて、居宅の小屋を見上げた。 「可愛らしい家ねえ……」  アレンが2ヶ月かけて作った、簡素な小屋だ。自分で切ってきた杉の木や村の廃材などを組み合わせて、大工の仕事を見よう見まねで建てたものだが、造りはしっかりしていた。大雨のときには雨漏りもするが、都度修復して二度とそこから雨が滴ることはない。  丸くくりぬかれた窓枠の周りには、廃材のフレームやレンガで装飾して、明るい色のペンキで塗り分けたりするなど、DIYに関してアレンは器用でセンスがあった。ダイニングの床に敷き板を並べてフローリングにし、自家製の焼き煉瓦で暖炉を作ったのも彼だ。  玄関の上には鳥の巣を設けてあり、冬から春にかけてミカンを添えたりしてメジロを呼び寄せたこともある。今も燕が軒下に勝手に作った巣に雛が生まれて、餌運びに奔走している。 「ちょっと納屋に行ってきます」と、昨夜のうちに用意していた荷物を取りに行くと、背後で 「ここが、二人の愛の巣かあ」と、どじょう髭の呟く声が聞こえた。  ——やだっ!レイナさんがいるんだから! と、顔を赤らめながら、藁山を手でかき分ける。アレンに見つからぬよう隠していたナップサックを引きずり出して戻ってくると、二人は断りなく屋内に入っていた。 「へぇ!中も小洒落てるわ。このチェストにテーブル、椅子……もしかしてすべてお手製かしら」  衣類ダンスをすりすりと触るノルマンに、カミュは感情を表に出さないよう首肯する。 「アレンさん、手先が器用なんですね。この家、外から見たら小さく見えたけど、意外に広いのね。キッチンもしっかり作られてる……水道がないのは不便でしょうけど」 「近くに小川が流れているから、そこまで不便じゃないよ」 「そうなんだー。でも、下水もないからおトイレも大変そう」 「う゛」 「ま、そこはね」と、横から割って入ったノルマンがにんまり笑うと、奥の戸に手をかけた。 「ここってベッドルーム?」 「ああ!!」  ダメダメと首を横に振りながら、カミュはノルマンにとびかかるも、その反動で扉が開いてしまう。中は暗がりで入ったばかりでは何も見えないが、ノルマンは深呼吸して頷いた。 「うーん。オスの香りがする。カミュ君、昨晩はお楽しみでしたね」 「いやー!!」悲鳴を上げながら、ドスドスと火事場の馬鹿力でノルマンに突っ張りをすると、カミュは頬を膨らませて怒った。 「駄目!……こんなことしにきたんじゃないでしょう?ノルマンさん!」 「え?寝室公開しないの?」 「レ……レイナさんまで?」キョトンとする彼女にカミュは卒倒しそうになった。 ***  そうこうして予期せぬ自宅のお披露目に15分ほど時間を盗られたが、一応の戸締りをして、三人は馬車に乗り込んだ。引き続きノルマンが御者をする。  イーグル家唯一の馬ロディは、今朝方アレンが乗って行ってしまったが、それを見越してノルマンには迎えのお願いをしていたのだ。とはいえ、村への道は一本道なので、アレンが村に行くまでの時間帯にすれ違わないようにしなければならなかった。ノルマンは、村に到着したアレンがギルドに寄るのを確認して、入れ違いに山小屋にやって来たのである。  因みに、この荷馬車はまたもやレイナ嬢の父サンドレー氏の商売道具だった。イーグルの名が出るや否や、内容をろくに聞きもせずに協力を買って出たという。 「サンドレーさん、そんなんでいいのかしらね……」  詐病疑惑で会社を退職したことをノルマンは知っていた。 「まあ、父はもう隠居したいなんて言ってますから。自営ですし、辞めるのは自由です」 「でも、貯金が……」ノルマンの心配もわかる。レイナ嬢は授業料が捻出できなくて魔法学校を退学したのだ。これからは娘の稼ぎを当てに生きていくつもりなのだろうか。 「そんなことを心配してくれるのは、皆さんくらいですよ。まあ、なんとかするつもりです。嫌になったら村を出るつもりだし……」 「「え……」」カミュとノルマンは同時に声を出した。 「町は村より仕事がありますからね。中等科中退でも拾ってもらえれば、一人暮らしでもしようかなと」 「そ……そうなんだ」訊いて悪かったような気になるが、 「でもタジール町は、魔法学校の卒業生が牛耳っているから、移り住むなら他の町にしようと思います。図書館勤めもいいけれど、ノルマンさんみたいに少しでも魔法に関与できる仕事がしたいかな」 「そうね、レイナちゃん。夢は諦めないで頑張りましょう!辛いことがあったら、いつでも相談に乗るわ!うちの知り合いも紹介できるかもしれないし。もし、城下町とかで独立開店みたいなことになったら、応援に駆けつけるから!!」 「流石に城下町は無理ですよ。エリートの住む街ですから」と、笑いながら語るも、将来のことまでしっかり考えているのだとカミュにはレイナがまぶしく見えた。

ともだちにシェアしよう!