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15-3 双方移動中

***  痩せ馬ロディを駆けさせて1時間足らずで村に着いたアレンは、ギルドのカウンターで悠然と待っていたマールに声をかけた。なぜか木刀を肩に担ぎ、黒い長髪はひっつめで団子にしており、いつにもまして勇ましく見える。 「どう?調子は?」 「上々だ。剣も手になじんできた」 「手を見せて」と、マールは俺の右手を掴んで掌を見た。 「言われた通り素振りを500回やってきた。技もあらかた押さえてきたよ」 「ふむ。良き剣ダコ!合格!」マールは破顔してサムズアップすると、俺の背中を叩いた。 *** 「あんたもやる気満々だな」  馬車上で、俺は馬を操作するマールに話しかけた。荷が多いので今日も馬車で街へと向かうが、対戦まで集中力を削いではいけないと、マールが御者をしてくれた。 「ええ!あたしも昔取った杵柄を思い出してね。昨日は修練場を貸し切って、ギボン君と特訓してたのよ。もし、あなたが初戦で敗退でもしようなら、代わりに受けて立とうかと思って」 「はは。それじゃ、絶対に負けられないな」  以前の記憶はないが、大男の自分が、女丈夫のマールに倒されるような敵に負けるようでは名折れだと思い、俺は目を細めて左手の拳を見た。  昨日はバックラーでの殴打の練習もした。大木の幹がひしゃげて木目が出るまで殴りつけたら拳から血が噴き出した。それでも、俺は想定攻撃をかわしつつ見切って本気で叩き込んだので、練習をやめるころには血まみれになってしまった。  小屋に戻ると夕食を作っていたカミュが驚いて、俺の手に薬を塗ってくれた。骨に異常はなく、血もしばらくして止まったが、痛みが引かないことは明白なので今日のことが心配だった。そのときカミュは何も聞かずに手当てしてくれたけど、今朝目覚めると痛みはすっかり引いていて、包帯を取ると傷もすっかり消えていた。夜のうちにあいつが治したのは言うまでもない。  手を繋いで眠ることが習慣となっていたから、包帯の上から手を握られたときでさえ気付かなかったが、寝ている間に白魔法を使ったのだろう。頭が下がるというかなんというか……。  日々のことで蓄積された体の疲れも癒えていて、いつにもまして体が軽かったのもあれの成す魔法のせいかもしれない。これが不正と見なされないといいが、と心の中で苦笑する。 「さっ。今日は忙しい日になるわよ。飛ばしましょう!」  マールは馬の尻に鞭をくれると、車輪は一層の回転をもって、俺達を町へと運んでいった。 ***  一方、カミュ達は村でレイナ嬢と別れ、同じ荷馬車でもってタジール町へと向かった。旅客馬車と異なりさほどスピードは出ないが、夕刻までに着けばいいので時間には十分余裕がある。カミュは暇つぶしに持ってきていた自分の勉強ノートをぱらぱらと繰っていた。 「カミュ君、それ勉強?」と、御者席のノルマンは振り返って覗き込む。  ノートにはどのページにも文字がびっしり書かれ、ところどころ丁寧な図表やグラフが描かれている。図書館で借りた魔術書をノートに書き写したものだった。呪文の効果を黙読して、息を漏らさないように口元を動かす。魔法の詠唱により効果が出ないようにしているのだ。 「なんか、すごいことやっちゃってない?それ何の本?」 「……黒魔法の本です」 「へええ……。え、何々?サンダー?広範囲の?え……凄まじくない?こんなの、覚える必要ある?」と、ノルマンは肩を震わせた。  『10平方キロの地面を帯電させる』という、一文を読んでしまったからだ。こんな魔法を使われたら、バンダリ村はおろかタジール町も一発で滅んでしまう。 「いえ……、そこまで凄まじいことじゃないです。たしかにこの呪文で村数個分の広さの土地に電流を走らせることは出来るけど、大事なのは威力です。威力は、個々の魔導士の力量というか、自身にプールしている魔力量によります。力のない魔法使いだと、静電気ほどの刺激も与えられません」 「うん。まあそうなんだけど……」にしてもそんな呪文覚える必要ある?そんなシチュエーションある?とノルマンは思う。 「それに雷系呪文は、飛んでいる魔物には効果が薄く、例えばドラゴンとか鳥、蝙蝠などには効きにくいんです。このノートは今お借りしている魔導書の写しですが、以前にも同じ内容を読んだことがあります。……僕はもっと破壊的な魔導書を読みたいんですが」 「破壊的?」目を丸くして訊ねる。 「ええ。内部から破裂するようなタイプの、闇……」 「そっちは辞めといた方がいいわよ。沼だから……」ノルマンは顔をしかめてカミュを制した。 「皆さん、沼って言いますよね。闇魔法の世界に落ちたら抜け出せないって」 「うん。カミュ君みたいな華のある可愛い子が、闇落ちとか絶対だめ!皆引いちゃうわよ……」 「そうかなあ」  闇魔法とは黒魔法よりワンランク上の破壊力を持つ魔法である。威力がえげつなく、効果の対象はグロテスクで目も当てられない結果になるので黒魔法とは一線を画しており、ペルセウス国内においても禁じ手とされていた。対外戦争においてもその使用は国王陛下の許可が必要だった。というのも、闇魔法は廃人製造魔法とも呼ばれ、一度の魔法消費量が尋常でない上に体力や精神力をも削られてしまうからである。この魔法の魅力に溺れ常用し続けた者のことを『闇落ち人』などと呼んだりするが、目は落ちくぼみ、体はやせ細って骨と皮だけになるので、他の魔導士たちから忌避されるという。 「カミュ君が骸骨みたいになったら、アレンさんに捨てられちゃうわよ」 「あっ。そうだよね……」ハッとしてかぶりを振るが、  ——でも勉強するだけなら……、とカミュは思い直す。  強い魔法を使えるようになれば、アレンを助けることが出来るかもしれない。代償なんて覚悟の上だ。攻撃的な魔法を使うなとは言われているが、命の危険に晒されたときとか、いざというときに必要になるかもしれない。 「うちは黒魔法が苦手だったなあ。道具屋やってる人間は、回復系の白とか補助系の青が好きなんだよ……」 「僕は逆に白魔法が苦手です。アレンさんに使ってもすぐばれちゃうし」 「いいなあ。傷ついた野獣……全身を使って治療してあげたい……。ま、黒魔法に関してはすでに、うちなんかよりカミュ君の方が上手かも……」  などという他愛もない会話をしながら、村から1時間ほどかけてタジール町に着いた。

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