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15-6 仲直り
***
マールに頭を冷やせと言われて、アレンはカミュの手を引いて歩きだした。頭を抱え込みたかったが、ここは人の目がある。町の中心地からほど近いところに公園があったので、そこに行って休むことにした。
時刻は午後3時過ぎ。日差しは少し和らいできたが、まだ気温は高い。屋台でカシスオレンジジュースを一つ買ってカミュに差し出すも、いやだと首を振る。売り物の空コップを指さして「もう一つ買ってよ、子ども扱いしないで」という目つきをするので、アレンはストローからジュースを一口吸った。「これでいいだろ?」と渡すと、少し頬を紅潮させながらも受け取ってくれた。
財布はマールが握っているし、小銭の持ち合わせがあまりない。このジュースも店で一番安い飲料だ。俺はやるせないなあと思いながら、ジュースを口に含みやっと一息つくカミュの姿を見た。
公園のベンチに座ると、カミュはアレンと距離を取って端の方に腰かける。
「カミュ……」
「……」
「悪かったよ……」
ツンとすまし顔で押し黙るカミュの肩に触れる。
「……」
「何も言わずに置いていったのは謝る。ごめん」
「……うん」ようやくアレンの方を向いた。
「何で俺が今日町に行くことを知ってたんだ?……ギルドでの話を聞いていたのか」
こくりと頷くものの、カミュが知ったのは先日のタジールからの帰りであった。馬車の中では目を閉じていたが、うっすらと話は聞いていた。
「……試合、勝てたの?」
「え?……ああ、勝ったよ」
正午から始まった決闘だったが、四半時も経たないうちに終わってしまった。剣術の腕の差よりも、体格の差が勝敗に影響した。最初の2人はアレンよりも一回り小柄だったし(とはいっても180センチはあった)、3人目は棄権して巨漢の道場主が相手をした。こちらは2メートルの壮年で、アレンと同じくらい筋骨隆々の益荒男だった。
師範なだけあって、二人の戦いはにらみ合いを含めて5分以上続いた。何度か打ち合ったが、互いに深く踏み込めずにいたところ、痺れを切らした相手が剣を上から振りかぶった。アレンはそれをバックラーで受け止めると、己の剣をバックラーを持っている左手に移した。そして、相手が手前に突き出していたバックラーを空いた手で捻りとった。それは、一瞬のうちに流れるような所作で行われ、防御の術を失った相手の動きを見切り、喉元に剣を当てて勝敗は決した。
「怪我は?」
「してない」そう口にすると、ほっと胸をなでおろしたようだった。
「本当だね?……マールさん、宿屋に行くって言ってたけど、今夜は泊まりなの?」
「そうだ」と、アレンは夜の話までは盗み聞きしなかったのだろうかと訝しく思った。
「今日は帰るつもりないんだね?」
「ああ……」
念を押すように聞いてくる少年に、今夜の用件を正直に言おうか迷う。でも、心配させるのは嫌だし、窃盗団を始末して事が終わってから話してやった方がいい。
それになにより、二日前にカミュが無理を押してまでケベック邸を訪ね、犬の毛を抜いたことが気がかりだった。先日は魔法の実験とやらで、犬の幻影を呼び出したとか言っていたが、また同じことをやろうとしているのではないか?という不安が胸をかすめる。しかし、一体何のために?
「そっか……。アレン……僕もごめんね。さっきは、ひどいこと言っちゃって……」
「馬鹿とか何とか言ってたな」
「う……勢い余っちゃって」カミュは頭を掻きながら、恥ずかしそうに顔を俯く。
「書置きもせずに家を出た俺が悪いのさ。……そろそろ宿に帰るか。飲み終わったか?」俺はカミュからコップを受け取ると、中に溜まっていた氷ごと飲み干した。
「ごめんな」とカミュの髪を優しく撫ぜると、
「ううん」と小さく頷いた。
***
それから半時ほど経ち、俺は広場に面して建っているホテルの一室にいた。カミュは部屋付きのバスルームでシャワーを浴びていて、扉の隙間から湯気が漏れている。マールが予約してくれた部屋に泊まるはずだったが、先刻変更してくれたらしい。広く清潔で居心地はいいけれど、シングルベッドがダブルベッドになったのも、彼女の忖度だろうか。
——シングル二つでよかったのにな。
予告の時間は夜も更けたころだ。今夜はマールと直前の打ち合わせもあるだろうし、屋外で待機していなければならないから、情事は出来そうにない。カミュはまた不満を漏らすかもしれないが、仕方ないな。あれも体調が万全というわけではないし、早めに休ませよう。
俺は椅子に掛けていたショルダーバッグからカードを取り出すと、座ってそれをじっと見た。それは今日マールに渡されたギルドの登録証だった。真剣試合の後、ギルド加入を認められたと告げられこの本カードを渡されるとともに、諸々の説明を受けたのだった。
ギルドに加入すると、クエストの報酬を現金で受け取れる他、口座を持つことができ、報酬や自分の貯金を口座に預けることが出来るという。金利も年0.5%と相当いい。
さらに、マールが言うには保険制度もあるという。月々の保険料を支払っておけば、自分がクエスト中に死んだり、不慮の事故で怪我をしたり、病気になったりした時に契約した額の保険金が支払われるという。死亡時の受取人は自由に指定できるらしい。「借金の形に、あんたを受取人にするってことか?」と訊いたところ、「あなた馬鹿ねえ」とマールにせせら笑われた。
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