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16-2 調査開始
***
アレンが昏倒したのを確認して、カミュはベッドから這い出た。激しい交合のせいで腰がずきずきと痛むが、悠長なことを言ってられない。
時刻は午前3時を過ぎている。服を着て、早く美術館へと向かわなければならない。が、股の間から絶えず流れ落ちる残滓がこそばゆく、汗もひどくかいてしまったため、バスルームでシャワーを浴びた。
後ろ孔に指を挿入し掻き出そうとし、腹に力を込めて力むも、奥部に吐精されたためか全てを洗い出すことは出来なかった。床に散らばる白濁にカミュは顔を赤らめる。
今夜もまたこんなに愛されてしまった。彼のぬくもりがまだ体に残っている。鏡に映る自分の姿に心が疼く。
——ああ。僕は何をやっているんだろう。
カミュは己を恥じた。本当は、愛される対象ではなく、アレンのように強い体を持ちたかった。アレンはカミュの憧れだった。あの人と対等に冒険が出来て、助け合えるような、そんな関係になりたかったのに。
昔からアレンは言っていた。自分が将来の展望を口にするたびに、「お前はそのような体に生まれついていない」と。体が脆弱なのは僕が一番知っていることだ。悔しかった。
そして今や、僕の体はアレンの慰み者だ。それでも、行動を共にできているだけましなのかもわからないけれど。たとえ、愛人という扱いであっても、彼の所有物であっても、アレンのために生きられるのなら我慢しなければ。あの時の償いをしなければ。
カミュは気合を入れるため、水滴の打ち付ける両頬を手でひっぱたいた。
***
午前3時半ごろ、重い腰を引きずりながら、夜明け前の人気のない往来を東へと歩くカミュの姿があった。
彼が部屋から忍び出たとき外には誰もいなかったが、ドアは著しく凹み、ドアノブが無くなり、蝶番が壊れかけていた。室内は結界の力で守られていたが、おそらくマール嬢の怪力によるものだと察しがついた。目覚めたアレンが叱り飛ばされるのは目に見えているが、それを憂慮する余裕はない。
しばらく歩いて美術館の周辺に着くと、流石に騒がしくなっており街路の暗がりに赤いランプが点灯し、通行止めとなっていた。龕灯を手にした自警団ややじ馬たちが右往左往している。カミュは立ち入り禁止のバリケードテープの手前でマール・キルトンの姿を発見した。手を振りながら自警団に何かを声高に訴えかけていて、中に入りたそうにしている。
カミュはそれを横目に見つつ、路上に駐車された馬車の影にすっと隠れて呪文を詠唱する。すると、彼の体が一瞬半透明になり、忽ち背後の色に擬態してしまった。塀に沿いながら、テープの間を潜り抜け、正面玄関の戸を開けた。
「あ!戸が開いたわよ」とマールが叫ぶも
「風でしょう」と自警団の男に制される。
「風?風なんてそよかぜすらも吹いてないじゃない……一体どうなっているのよ」
扉が閉じるとマールの声は遮断された。カミュは薄闇の中、小さな窓から差し込む月明かりを頼りに長い画廊に歩を進める。何度か角を折れ曲がり、昼下がりに訪れた塔まで行くと、観音開きの扉が開かれていた。二つの人影が立っている。手に持つライトに照らされた突き当りの壁面には何もかかっていない。
「モリスさん……」
「あ……君は、ワルキューレの」
「カミュ君!!」振り返ったどじょう髭の面をはっ倒してやりたいが、それよりも早くノルマンは近づいてきて軽い抱擁をした。
「遅いわよ~心配したわ。どうだった?薬、よく効いたでしょう?」
「や……やめてくださいっ!ノルマンさんのせいで」
「え?喧嘩でもしちゃった?」ハグを振り払われたノルマンは目を丸くしたが、すぐにすっとぼけた表情をした。
「ち……違います」
「効果抜群でしょ~。で、飲ませたらすぐ寝ちゃった??」
「え?」
「え?……何かあった?……ダルそうだけど」
「僕をだまして……変な薬、飲ませたでしょ」
「え?え?」戸惑っているノルマンに、モリス氏が口を挟む。
「お前の持薬と間違えたんじゃないのか?」ため息を吐きながら、カミュに説明する。
ノルマンは、恋の相手を見つけると寝所へ誘うために、催淫剤を他の薬と偽って飲ませることがあるのだという。その細工された薬箱を誤ってカミュに渡してしまったのではないかと言うことだった。
——それって、犯罪……。てか、モリス氏何で知ってるの……。
口を吐きそうな言葉を飲み込んで、カミュは冷静になろうと胸に手を当てた。
「あ。ごめんなさい。間違えちゃった……でも、アレンさんとはよろしくやってきたんでしょう?良かったじゃない」
——あなたのせいで死にそうな目に遭ったけど……。
「睡眠薬で眠らせてきたのね。上出来、上出来♪」と、ノルマンはカミュの肩を叩いて無理やりこの場を収めようとした。
まあ仕方ないか。アレンも満足していたみたいだし、僕さえ我慢すれば。
それよりも問題なのは、絵画だ。すり替えた超アート作品が盗まれ、ノルマンが宿屋で管理しているワルキューレは無事だという。彼は村には帰らず、カミュたちと違うホテルで一泊していたのだった。彼が絵を預かっていることは、三人だけの秘密である。
二人の話によれば、やはり窃盗団は小柄な人間を一人よこして、塔の上部にある嵌め殺しの窓を割って、縄を伝って降りてきたらしい。警備員たちは塔の門前に立っており、ガラスの割れる音を聞きつけて中に飛び込んだが、賊が催眠ガスの入った袋を撒いて眠らせてしまったという。
そして、外から塔内に入ってこれぬよう、扉の取っ手部分に鉄製の閂をかけ、額縁から絵を外し、張りキャンバスの釘を抜いて絵を丸めて同じ経路で外へと脱出したそうだ。絵を丸めて云々というのは誰も見ていないので推測に過ぎないが、額とフレームが放置され、釘が散らばっていることや、塔の唯一の扉が閉ざされていること、上部の窓から縄が一本たれていることから、おそらくよじ登って逃亡したのだろう。閂は後から来た自警団員たちによって切断されたが、踏み込んだときにはすでにもぬけの殻だった。
三人は見当をつけると隣家のモリス氏宅から塔の屋根を調べるため、美術館を後にした。
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