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16-3 追跡と召喚
***
美術館の窓口裏からモリス氏の家に入る。3階のロフトに上がるとそこはウォークインクローゼットになっていた。形の良い帽子が並び、見栄えの良いコートやジャケットが掛けられて、防虫剤特有の臭いが立ち込めている。そして奥に設えられた窓からちょうどドームの屋根が見える。
昨日昼のうちに撒いて置いた魔法の粉が、月光に照らされて黄金色に光っている。
「あそこに足跡が見えますね」カミュが指をさす。
「足跡が小さいし歩幅が狭いな。子どもかもしれないな……隣の屋根に飛び移ったな」
魔法の粉は靴の裏に張り付いて、行先に足跡を残していた。カミュが仕掛けた魔法幕のお陰で、塔を中心に半径10メートルの円内には光は差し込まないため、光る粉には気づかなかったのだろう。屋根伝いに点々と続くそれは、町の中心部へと向かっている。
「あそこで途絶えてますね。道に降りたのかな」
「そのようね」腕を組んでノルマンも頷く。
「僕、後をつけます」
「うちもいくわ」
「ノルマンさんも?」
「だって、子ども一人じゃ危険じゃない」
「むむっ!僕は子どもじゃない!」と、何度言えば周りにわかってもらえるのだろう。
「あ、そうね。カミュ君は子どもじゃないわね。アレンさんと出来ちゃってるし。……ごめんなさい。でも、窃盗団は一人じゃないのよ。危険なのわかるでしょ?カミュ君一人で行かせられないわ。それにうちはタジールで寄宿生活をしていたから、町にも詳しいし」
「当時の、だろ」オーナーは付け加える。同窓の彼らが魔法学校の学生であったのは、もう三十年以上も昔のことだ。
「そうだけど、悪い?……モリスはここに待機していた方がいいわ」
「それはいいが、あの絵は大丈夫なのかい?」
「ホテルの部屋にあるわ。一応、結界は張ってあるけど目晦ましの弱~いやつだから、窃盗団に魔法使いがいたら破られちゃうかもね。だからといって、あんたがホテルに絵を取りに行こうものなら余計に怪しまれるわよ」
「そうだな……」モリス氏は考え込んで、自宅で待つことに決めたらしい。
「じゃあ」と言って、二人は外に出た。
満月は西の空にかかっている。沈みそうで沈まず、家々の軒先を煌々と照らして長い影を作っていた。宿部屋にかけた結界は日の出の頃には解けるはずだ。アレンが目覚めるのももっと先だろう。あの人が起きた後で、自分が何と弁解すればいいのかわからないが、その時はその時だ。窃盗団さえ捕まえて問題を解決していれば、きっと言い逃れは出来る。そう信じて、カミュは口を真一文字に引き締めた。
***
裏口から道に出て東の方へと二人で歩いていくと、屋根から降りたと思われる地面にはっきりと足跡が残っていた。この特殊な粉は月の光を浴びて発光するが、太陽光には負けてしまうので、日が昇るまでに追っ手にたどり着かなければならない。路地裏に入っていく足跡を辿っていくと、しばらくしてそれは消えてしまった。最後の足跡もくっきりと綺麗に光っているのだが、靴の裏を拭かれてしまったのだ。
「あら、ここでようやく気付いたみたいね」
「でもちゃんと痕跡を残してくれてます」と、カミュは傍らに落ちていた布切れを拾い上げた。それは金粉でまみれていた。
この布切れで靴の裏を拭きとったのだろう。だが、そこには、彼の靴の臭いが染みついているはずだ。
カミュはナップサックからハンカチを取り出すと、中から2本の毛を手に取った。
「なあにそれ?」ノルマンがのぞき込む。
「ミセス・ケベックの優秀な犬の毛です」
カミュはしゃがみ込んで手早く略式の魔法陣を描くと、その中心に薄茶色の短い毛を置いた。
「あれ?そのやり方で出す?」
「時間がありませんから。フラスコも持ってきていませんし。多少雑ですけど、怪物を召喚するわけじゃありませんし、より実体に近いものが出せます」
「カミュ君って何でも知ってるのねえ。魔導士にも召喚士にもなれそう。そいでもって、アレンさんの魔物使いだし、パーフェクトねえ」と、感心するノルマン。
今はそれどころではないのだが、アレンの魔物使いと言われてカミュは顔を赤らめた。その魔物とやらに飼われ、いいようにされているのは僕の方なのに。
詠唱を開始して、しばらくすると魔法陣から光が溢れる。光の糸が紡がれて犬の形を構成すると、犬は勢いよく吠えた。
「レト!ありがとう!召喚成功だね!」
おりこうさんとばかりに犬の首をわしゃわしゃと掻いてやる。犬は嬉しそうにくーんくーんと鳴いて、カミュに鼻を寄せた。
「すごいわ。この間の実験は幻影にすぎないけど、これは魂の半分を持ってきちゃってるのね」
「そうですね。解説どうもノルマンさん。おそらく、ケベックさんちのレト君は、夢の中で僕たちと一緒に冒険してるよ。そして、この子の鼻は恐ろしく良く利くんだ」
カミュは、捨てられていた布切れをレトに嗅がせる。レトは尻尾を振ってカミュ達の前を歩きだしたので、二人は顔を見合わせた。
大型犬の後について小路を何度か曲がると、二人と一匹は目の前の壁を見上げた。袋小路である。だが、匂いの終着点はその先のようで、犬はしきりに吠えている。
「この先どうしましょう」ノルマンはおろおろしているが、カミュは態度を崩さない。
「大丈夫です。この子に乗って壁を登ります」
「そんなことも?」
「できます。実体に限りなく近くても実体ではないので……。でもこの先は一人で行きます」
「危険だわ……やっぱり引き返しましょう。アレンさんとマール嬢を呼んでくれば、今からでも捕らえられるかもしれないわ」氏は不安げにカミュを引き留めた。
「いいえ。絵を盗みに入った人は混乱状態に陥っているかもしれませんが、仲間が助けにくる可能性があります。絵が本物でないと知ったら、一目散に逃げるでしょう。一刻の猶予もない。僕だけでも後をつけていかないと」
それにアレンは、あんな昏睡状態にあって、頭の上で割れ鐘を叩いたとしても起きないだろう。
「そうなの?じゃあ、気を付けるのよ。……あ、そうだわ」と、ノルマンはカミュに近づくと頭に手を伸ばし、ついと毛を一本抜いた。
「いたっ」カミュは顔をしかめる。
「何かあった時のため……アレンさんに申し訳が立たないしね……」
「うん。ノルマンさん、僕の無事を祈っていてね」
「そういうことはアレンさんに言いなさいな」と、優しく肩を叩いて、二人は別れを告げた。
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