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16-5 拉致

「いや!は……放してください!」  男の手を振り切って、出口に向かって逃げようとするも、窃盗団の男たちに阻まれる。  召喚獣であるレトがカミュの前に出て唸り声をあげて威嚇し、一人にとびかかった。男は悲鳴を上げて抵抗し周りの者たちが助けようとする。しかし、マスクの男がそっちは構うなと叫ぶと、他の男たちはカミュを取り囲んだ。  咄嗟に思い付いた呪文を詠唱しようとするも、リーチの長い手が伸びてきて口を塞がれる。そこへさらに、ハンカチを口元と鼻に押し当てられると、ものの数秒と経たないうちにカミュの意識は途絶えてしまった。 「上物だ。丁重に扱え」  男が指示をすると、大男の岩のような腕に担がれる。 「絵はどうします?」 「そんなものいらん。捨て置け!」  窃盗団はぞろぞろと建物の外へと出ていくと、いつの間にか用意されていたカッター船に乗り込む。ずんぐりとした形の手漕ぎ船に全員が乗り込むと、男は手で合図をする。すると、5対のオールがぴたりと息を合わせたような動きで水中を掻き、高低差のほとんどない緩やかな川を高速で上っていく。船尾で四方を警戒しているのは、前記のマスクの男だ。漕ぎ手は全員後ろを向いているので、リーダー格の彼の合図が重要になる。月の入りとほぼ同時に、東の地平に日の光が差し込む。真夏の曙光が川面に照り映えて眩しい。  男は目を細め、急ぐよう両手で指示をする。先程から声を出さないのは、もうそろ人が起きだす時間だからだろう。荒い息を吐きながら10人の大男が全力で櫂を漕いでいると、数分ほどで分岐が見えてきた。男が右手を上げると右舷の者たちはオールを固定し、左舷はさらに回転を増して右方へと折れ曲がった。その先には川の水位を調整するための閘門(こうもん)があったが、町内の検閲も兼ねて夜は閉じられていた。それを先刻のラスタという少年が馬で先回りして水位を調整したので、支流をそのまま遡上することができた。  男の傍らには、美しき少年が青ざめた顔色でうずくまっていた。額に滲む汗、震える瞼、体は若干熱を持っている。男は生ける戦利品を恍惚と見入っていた。 ***  夜が明けて3時間ほどたったころ、アレンは背中に何か鋭利なものを突き立てられている感覚で目を覚ました。  ——なんか……痛い……。  うつ伏せのまま首をひねろうとすると、頭を鷲摑みされる。 「アレンさ~ん?一体、どういうことかしら~」  声の主はすぐにわかったが、なぜか怒りがこもっている。背筋にごりごりと当たっているそれは、彼女の靴のヒールのようだ。 「ようやく起きたわね。でも、その恰好のまま立ち上がらないでくれるかしら~。猥褻物陳列罪だから~」  床に擦り付けられた頬が傷む。目を上下させて辺りを伺うと、昨夜泊まっていたホテルの内装が見える。テーブルと椅子が眼前に倒れており、料理の盛り付けられていた食器は粉々に割れているものもあった。顔の下はフローリングだが、体は柔らかい絨毯の上に横たわっていた。股間の辺りがべっとりと濡れていて気持ち悪い。ベッドの方に目をやったが足元しか見えなかった。 「お……俺は一体」 「まったく飲み込めていないようね。状況を説明すると、あなたは真っ裸で午前9時まで、えっともう9時半だわ。9時半まで爆睡してたの。あたしが踏みつけても、蹴り上げても、首を絞めてもうんともすんとも言わずにね。昨日、なんでホテルで待機してたかわかってるわよね~」 「えっ?え……?9時半だって?」  アレンはマールの足を押し除けて、起き上がった。頭が割れるように痛く、片膝に手をつく。 「そうよ~約束の時間は9時間半前なんだけど~。打ち合わせの時も出てこなかったし……、で、ドア壊してみたら、部屋は滅茶苦茶で、全裸で転がってるとか、冗談にもほどがあるわ!!」  彼女の体から湯気が上がっている。茶が沸きそうなくらい、怒り心頭に発しているのだろう。 「って!なによ……、ありえない!!あなたどんだけ頭抜けてるのよ。勃起(おっき)しちゃってるじゃないのよ!」と、マールは視線をずらして、俺にガウンを突き出した。言われて下腹部に目をやると、酷寒にめげぬ麦穂の束の如く力強く空を仰いでいた。これは流石におかしいと、隠すより先に二度見した。  アレンは急いでガウンを羽織ると紐で腰を縛るが、それは鎌首をもたげたままで定位置に収まる様子が一向にない。朝立ちはいつものことながら、止めどなく精を吐き散らす朝の息子を見るのは彼にとっても初めてだった。隆起部分には濡れ染みを作ってしまい、ガウンの下から床にぽたぽたと滴っているのがわかる。自律できないことが不気味だった。  マールの不躾な視線も注がれたままなので、とりあえず浴室に行かせてくれと懇願する。生娘ではない彼女は悲鳴こそあげないが、オスの生態に興味があるらしく、眼光炯々としていたから逆に恐ろしかった。  マールにため息と許可を貰ってバスルームに行くなり、ガウンを脱ぎ捨て、併設の便器に向かって溜まっていたものを吐き出した。白濁が淀みなくも揺らぎながら綺麗な放物線を描いて陶器製の洋式便器の水溜りに吸い込まれていく。  上体を振り返って流しの鏡を見ると、目の下に悲愴な隈が出来ていた。精を吐き続けているため、体に疲労が表に出てきたのだろう。しかし、吐精中は疲れているという感じはない。そういえば、口渇感についてもカミュに喉が渇いてないか?訊かれたが、俺は水を一口飲んで……。  ——カミュ……?  あっと声を上げて部屋に戻ろうとするが、今息子から手を離すと便所まで汚してしまうだろう。どう終わらせればいいのかわからない。アレンは、はたと気付き脱衣場にかけてあったフェイスタオルを縦に割くと、陰茎の根本をきつく縛った。効果は薄いが、放出量はかなり抑えられている。……気がする。服が汚れるのは仕方ないが、応急処置だ。仕方ない。  一糸まとわぬ姿の、ペニスのみに布切れを巻きつけた状態で、俺は脱衣所から飛び出すと、部屋を訪れていたボーイに出くわし、ホテルを揺らさんがばかりの悲鳴を上げさせてしまった。  その惨状たるや、マール・キルトンも頭に手を当てて、いよいよ無言になる次第だった。

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