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16-6 記者会見
***
マールと俺は、町の東部にある美術館へと徒歩で向かった。窃盗事件の対応に追われているオーナーから、報道陣に向けての会見があるという。それも、事件現場の塔内ホールでとのことだった。事件現場の様子はマールから聞いているし、絵が盗まれた事実、自警団が犯人を取り逃がした事実は変わらないので今更何を聞きに行くという感じだ。しかし、俺には気がかりなことが一つあった。
カミュのことだ。あいつが忽然と姿を消してしまって、俺は困惑していた。どうしていなくなってしまったのだろう。俺が床の上で突っ伏していた理由もわからないのだが、最後に水を飲んだことは覚えている。あのあと眩暈がして……。
「カミュがどこに行ったか、本当に知らないんだな?」
「知るわけないでしょ。あたしは昨日からずっと部屋の外でドアをガンガン叩いていたけど、何の反応もなかったわ。あなたたちはよろしくやってたみたいだけどね~」と、マールは俺の下半身を見て、さらに付け足す。
「まあ、あなたの怪物に辟易して逃げちゃったかもね~」
「うっ」
普通に傷ついて、俺は俯いた。そういえば、立ち眩んだ俺が四つ這いになってカミュに助けを求めたとき、氷のように冷え切った眼をしていた。気を失っていたあいつの手に俺の逸物を擦らせていた時も露骨に嫌な顔をしていたし、嫌気がさした可能性は大いにあった。勝手が過ぎる行動だとは後から思ったが、あの時は堪えが利かなくなっていた。昨晩ほどではないが未だに興奮が収まらず、ホテルで借りた腰巻をズボンの上に巻き込んでコルセットのようにしている。が、隆起は誰の目にも隠しようがない。
「あら。真に受けちゃった?」マールは鼻で笑う。
「あくまで可能性よ。そう言えば、カミュ君には今回の事件について教えているわけ?あなたのことだから、話してはいなさそうだけど、立ち聞きされているかもしれないし……」
「そうか……。美術館に行ったかもしれないのか」
昨日のカミュは、町に泊まるの?とか、用があったんじゃないの?とか言っていたような気がする。しかし、カミュが俺たちの用件を知っていたら、無断で部屋を出ることもありうる。
「うーん。張ってたけど、カミュ君らしき人影は見なかったけどねえ。目撃者がいないとも限らないし、手あたり次第に訊ねてみてもいいかもしれないわね」
マールは今朝方の俺の大失態には目を瞑ってくれそうだ。前向きな意見を言ってくれた。
***
俺たちが美術館の前に到着すると、新聞屋や町の職員、自警団、やじ馬たちでごった返していた。時間になって館内に案内され、犯行現場となった塔の内部へと入る。どこから用意したのかパイプ椅子がニ、三十脚ほどセッティングされており、マールに引っ張られるがままに俺達は端の方に着席した。
会見用の衝立が立っていたが、その後ろの壁に『永遠なるワルキューレ』が掛けられていたと、マールは俺に説明した。昨日の真剣試合の後カミュに会ってしまったので、俺は美術館に行けなかったが、マールは閉館前にその絵を見てきたらしい。
「その絵がね、カミュ君そっくりだったのよ」
「え!」
「そのことも伝えてあげようと思って、昨日部屋にお邪魔しようと思ったんだけど、ホントに邪魔者だったみたいだわね。あなたたちは部屋で何してたのよ」
「何時くらいに来たんだ?」
「え~?7時過ぎくらいよ。ボーイさんに聞いたら、夕食を運んだ30分後くらいだったみたい。寝るには早いし、ご飯の最中でも普通は開けてくれるものよね~」と、マールがぐちぐちと悪態をついていると、背後の観音扉から美術館のオーナーが姿を現した。
オーナーのモリス氏は、深々と頭を下げて折り畳み机の前に着座すると、報道陣の問いかけを手で制した。
「絵画が盗難にあったことにつきまして、皆様の多大なご協力に感謝しております。しかしながら、皆さまに一つ訂正しなければならないことがございます」と、モリス氏が言うと、会場は静まり返った。
「王室コレクション『永遠のワルキューレ』は無事です」その言葉と同時に場内は騒がしくなった。
「一体どういうことですか?」記者の一人が立ち上がり、皆の疑問を代弁した。
「事後従犯なども考慮したため今まで事実を伏せておりましたが、当絵画は保管してあります。知人所蔵の絵画とすり替えておいたため、そちらが窃盗にあいました」
「では……絵はどちらに?」
「知人が管理しています」
「その知人とは?」
「今は申せません」
「知人に借りた絵とは、一体どのような絵なのでしょうか?」
「F・ベルナルディの『アレグロ』という作品です」
「ベルナルディと言えば、以前宮廷画家を務めていた実力のある画家じゃないか」と、脇の学識のありそうな記者が呟いているのを聞いた。
「すり替えた絵画に関しては、さして重要ではないと思いますので割愛いたします。『ワルキューレ』は無事です。自警団の方々には引き続き窃盗団の行方を追求していただくとともに、私がこれから被害届を提出いたします『アレグロ』を捜索していただきたいと思います。皆様を当惑させてしまったこと、お詫び申し上げます」
モリス氏は立ち上がり再び深くお辞儀すると、押しかける報道陣の先頭で風を切るようにして退室した。王室コレクションの作品が盗まれたのではないと知り、自警団は俄然肩を落としていた。町長はこの場にいなかったが、話を聞いていたら憤慨しただろうか。
***
「金髪の男の子、見なかったか?」
「金髪?ここの学生さんかね?」
「いや。学校には通ってないが、金髪で年は15、6。身長はこれくらい……目の色は……ええと」
「ヘーゼルよ」
その時まで俺はカミュの瞳の色を何と表現したらいいのかわからず、口ごもったところをマールが教えてくれた。彼は光の加減で玉虫の羽色のように変わる不思議な瞳を持っていた。会見後、俺たちは美術館の周辺で自警団などの関係者らしき人々にカミュのことを聞いて回った。しかし、彼の姿を目撃したものはいなかった。
ちょうど美術館の受付口で係員が交代したので、その女性にも質問してみた。すると、夜ではないが『永遠なるワルキューレ』の絵の人物とよく似た少年が昨日二人で連れだって美術館を訪れていた、と証言した。もう一人は誰かと問うと、戸惑った顔をしたが、俺が少年の家族だと告げると「バンダリ村の魔法雑貨屋のオーナーです」と声を潜めて教えてくれた。
——あいつか……。
ノルマンの行方を訊ねようと窓口に身を乗り出したその時、美術館のドアが開けられ見覚えのある青年が飛び込んできた。
「ああ!キルトンさん。ここにいたんですか!!大変です。村が襲われています!!」
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